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2020年4月1日から施行された改正民法が不動産賃貸業に及ぼす影響について、10回に分けて解説させていただく本連載も、今回で折り返し地点となります。ご覧になっていない方も、まだ間に合いますので、これまでの連載を是非ご確認ください。
さて、前回は、この民法改正により、敷金と原状回復のルールについて明文化されました点について解説をいたしました。本稿では、賃借物の一部滅失等による賃料の減額等についての変更点を解説いたします。
2020年4月施行の民法改正が不動産賃貸業に与える影響について Part5〜民法改正により敷金と原状回復のルールが明文化
なお、本稿では、これまで同様、現行民法を「旧民法」、2020年4月1日に施行される改正後の民法を「改正民法」と記載しています。
旧民法でも、賃借物の一部が滅失した場合には、賃借人の側に賃料減額請求権を認めていました(旧民法第611条第1項)。法文上は、「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」という定めになっています。
この定めは、改正民法では、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される。」と変更されました(改正民法第611条第1項)。
条文をよく読んでいただいた方はお気づきかと思いますが、次の2点に変更がありました。
(1)賃料減額となる場合が、賃借物の一部滅失の場合に限られない
(2)賃借人が請求しなくても、当然、賃料が減額される
ここまで読んでいただいて、賃料が減額されやすくなってしまい、賃貸人の権利保護が後退したのではないかと心配になった賃貸人の方もいるでしょう。
しかし、条文の定め方は違っていても、内容面での違いはそれほど大きくありません。旧民法においても、一部滅失以外の場合であっても、賃料の減額をすることができると解釈されていましたし、賃借人から賃料の減額を請求された場合、減額された賃料が適用されるのは、一部滅失等が発生した時点からと考えられてきました。
そのため、実質的には、賃貸人の権利保護が後退したわけではないと考えられます。ただし、注意をして対策しておくべきポイントがありますので、これから解説をします。
「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」とは、果たしてどのような場合なのか、少しイメージがしづらいと思います。
賃借人の方は、小さな不都合であっても賃料を減額して欲しいと思うでしょうし、賃貸人の皆様は、なるべく賃料は満額支払ってほしいと思うでしょう。
この、賃料が減額される場合と、減額の期間、そして、その場合の金額について、争いになるケースが出てくることが想定されます。
トラブルに発展しないようにするためには、契約書の特約として、設備などの使用不能な期間、使用不能の程度、使用不能な面積、代替手段・代替品の提供などについて、あらかじめ定めておくことが大切になってくると考えられます。
では、契約書にどのような定め方をしておけばよいでしょうか。
この点については、国土交通省が、改正民法を踏まえて改訂した「賃貸住宅標準契約書」でも、具体的な定め方については、記載されていませんが、国土交通省ホームページには、賃料減額については、「相談対応事例集」を参照するようにとの記載があります。
そこで、「相談対応事例集」(正式名称は、「民間賃貸住宅に関する相談対応事例集」といいますが、ここでは、「相談対応事例集」と言います。)を紐解いてみると、原則として、賃料減額だけではなく、代替手段による対応も含めて、賃貸人と賃借人とが協議して、柔軟な解決を図るのが望ましいと考えているようで、具体的な場合分けはなされていません。
しかし、一方で、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会のリスク・マネジメント研究会が取りまとめた「貸室設備等の不具合による賃料減額ガイドライン」というものが参考資料として示されています。このガイドラインでは、賃借物の各設備について、賃料減額の割合と、免責期間について設備の種類により場合分けをして定めています。
そのため、このガイドラインを一つの目安として、契約書に定めを置いておくことは、現時点でできる一つ対策として考えられるところです。
賃借物の一部滅失等が発生した場合の賃料の減額割合等については、先ほどの契約書の定めにより、対策が可能であることが分かりました。では、実際に一部滅失等が生じた場合、具体的に、どのような流れになるのか、あらかじめ知っておきたいと考えている賃貸人の方も多いでしょう。
ここでは、先ほどの「相談対応事例集」で示されている3ステップの流れが参考になりますので、解説します。
一部使用不能の状態を発見した賃借人が、遅滞なく賃貸人に通知します。このとき、賃借人の側では、その発生日時、経緯、日常の使用方法を文書で整理し、一部使用不能の状態を写真等で記録しておくよう努めておきます。
通知を受けた賃貸人は、通知を受けたら、現場確認のために入居時物件状況リスト(国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」参照)等の資料を用意します。
ここでは、賃借人は、用意した資料により、賃貸人の理解を得られるよう十分な説明を行います。一方で、賃貸人は、一部使用不能の程度が通常の居住をすることができない状態であるか否かを確認します。
そして、賃借人、賃貸人双方の資料を突き合わせて、賃借人に帰責事由がないことを確認します。
賃貸人は、修繕完了の目安を可能な限り早く知らせること、また、代替手段や代替品の提供が容易な場合は、必要な対応を行うことを賃借人に説明します。
賃貸人と賃借人は、通常の居住ができず、賃借人に帰責事由がない場合、賃料の減額を基本に双方の事情を話し合います。
そして、賃貸人と賃借人は、円満な解決のために代替手段等の提供も含めた柔軟な対応について協議・決定して、解決します。
以上が、「相談対応事例集」に記載された、一部滅失等の場合の流れになります。当然、このような流れとは異なる流れになることもあるでしょう。しかし、無用なトラブルを避けるため、賃貸人・賃借人の双方が、一部使用不能の発生からなるべく時間をかけずに、客観的な証拠に基づき協議を行うということは、双方にとって重要といえます。ここで解説した流れは、この重要な点を押さえていると考えられますので、意識しておいて損はないでしょう。
最後に、先ほどの契約書の定めがない場合や、あったとしてもトラブルになった場合、どのようなことを考慮して減額される賃料について考えればよいのでしょうか。
こちらについても、同じく「相談対応事例集」に、考慮要素として記載されている3つの内容が、解釈の一助になると考えられますので、解説します。
前提として、一部使用不能が発生した場合に、直ちに通常の居住ができないと判断されるわけではないということです。そして、賃料減額の対象は、一部使用不能の程度が社会通念上の受忍限度を超えて、 通常の居住ができなくなったときから修繕が完了するまでの期間であることにも注意が必要とのことです。
一部使用不能の程度は、使用に不便があるという程度を超えているものである必要があるとのことです。そして、使用不能の程度として、使用できない部分の面積が明らかな場合には、修繕が完了するまでの期間の日割家賃を面積按分した額を減額するという方法も考えてもよいと考えられるとのことです。
減額割合の算定等にかかる賃貸人・賃借人双方の負担が過大となる場合などには、 代替手段の提供等柔軟な対応が必要となる場面も考えられるとされています。また、代替手段の提供等により、一部使用不能により不便は生じているものの、通常の居住ができない状態とまでは判断されないことになる場合も考えられるとされています。
以上が、賃料減額の考慮要素についての解説になりますが、当然、具体的なケースによりますので、「相談対応事例集」の記載が全て当てはまるわけではないでしょう。しかし、国土交通省のホームページ上でも参照が勧められている資料になりますので、解釈の上で、重要な指針となることが想定されます。
Q:トラブルになりやすい一部不能の内容としては、どのようなものがあるのでしょうか?
A 風呂が使えない、上階からの漏水、エアコンが作動しない、といった原因が多いようです(公益社団法人全国宅地建物取引業協会連合会のモニター登録業者及び公益財団法人日本賃貸住宅管理協会の会員管理業者を対象にした郵送による調査)。
Q:一部不能が生じた場合に、賃料の減額をしないですむ方法はあるのでしょうか?
A:先ほどと同じ調査によれば、旧民法のもとでは、一部不能が生じた場合に、賃料を減額したり、お詫び金を支払っているケースは多くはないようです。しかし、改正民法のもとでは、賃料は当然減額されるものとされていますので、今後は増加する可能性があります。やはり、減額があることを前提に、契約書の記載などでトラブルを避ける方法がよいのではないでしょうか。
【執筆者】森田 雅也
東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。
経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所
著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)
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