擁壁とは高低差のある土地に建てられた物件によくみられ、崖や盛土が土圧により崩れるのを防ぐために作られる壁をさします。坂道が多い立地では、擁壁の上に建てられた家を目にすることがよくあります。本記事では擁壁のある物件のリスクについて解説しますので、これから擁壁付き物件の購入を検討している人は、ぜひ参考にしてみてください。
【著者】矢口 美加子
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目次
擁壁とは、高低差のある土地において、土砂崩れを防ぐために設けられる工作物のことです。崖や盛土の側面が崩れ落ちるのを防ぐために、コンクリートブロックや石などを使って安定させます。
高い敷地に家を建設すると、その重みで斜面から土が崩れやすくなるため、家の下から道路までの敷地側面をコンクリートなどで覆うことが必要です。擁壁でガードすることによって土砂崩れなどのリスクが少なくなるため、安心して暮らせます。
代表的な擁壁の種類としては、➀コンクリート擁壁、②ブロック擁壁、③石積み擁壁、の3つがあります。
近年で主流なのはコンクリート擁壁です。強度が優れているため、多くの擁壁で採用されています。コンクリートの中に鉄筋を埋め込んで作る鉄筋コンクリート造(RC造)のほか、鉄筋を通さない無筋コンクリート造もありますが、より高い耐久性となると前者の鉄筋コンクリート造が適しています。逆T型・L型・逆L型・もたれ式・重量式などさまざまな種類があり、土質に合わせて適切な種類が選ばれます。
ブロック擁壁は、ブロックを積み上げて作る工法です。河川・堤防などの護岸や道路工事などの盛土部の土留めによく使用されるブロックの種類として、間知(けんち)ブロックがあります。間知ブロック擁壁は数多く施工されており、軽くて安価であるうえ、1個1個を水平にしたり斜めにしたりできるのが特徴です。強度が必要な場合は、コンクリートブロックの中に鉄筋と生コンクリートを充填して作るコンクリートブロック擁壁(CP型枠擁壁)が適しています。
石積み擁壁は石を積み上げて作る擁壁のことで、大谷石や天然石を積み上げて作る、昔ながらの工法です。空石積み擁壁は練積み擁壁(※)とは違い十分に固定されておらず、強度面で危険性があります。地震や豪雨で崩壊するリスクがあるため安全対策が必要です。
※練積みとは、石を積み上げる際に、石と石の間にコンクリートなどを流して接合する工法のこと
安息角(あんそくかく)とは、土が崩れないで安定しているときの、土の斜面の角度のことです。砂時計で砂が下に落ちて山になる角度は、砂が滑り出さない限界の角度をさしています。角度は土質に応じて変わり、切土は45度、盛土は30度とされています。 安息角は柔らかい土であるほど低くなり、硬い土であれば高くなるのが特徴です。
建物の基礎を安息角の下まで到達する深基礎にすると、崖に近接している場所にも建物を建築できる場合があります。
宅地造成等規制法とは、崖崩れや土砂災害が心配される区域内で宅地造成工事をするときに、災害を防ぐための規制を行う法律です。規制を行う必要がある区域は、都道府県知事が指定します。
昭和36年に発生した全国的な梅雨前線豪雨によって、崖崩れや土砂の流出が起こり、多くの人命や財産が失われたことが制定の背景にあります。その後、宅地造成の基準が早急に求められ、翌年の昭和37年に早速施行されました。どの土地が宅地造成工事規制区域なのかは各都道府県庁や市役所で確認することが可能です。
宅地造成工事規制区域内の宅地の所有者・管理者・占有者は、その宅地で崖崩れ等の災害が発生しないよう、常に安全な状態の維持に努めなければならない、と決められています。
また、災害を防止するために、都道府県知事は宅地の所有者・管理者・占有者・造成主・工事施工者などに必要な措置を勧告または改善命令を行うことができます。改善命令を受けた場合は、相当の期限を設けて必要な工事を行わなければなりません。都道府県知事の命令に違反すると、懲役や罰金などの罰則を受けることがあるため注意しましょう。
擁壁がある物件を購入するリスクについて解説します。
擁壁がある場合、隣人と費用負担に関してトラブルになる可能性があります。隣り合った敷地で高低差がある場合は上側の敷地所有者に擁壁を作る責任があるとされ、上側の敷地内に擁壁が設置されるのが一般的です。多くのケースでは上側の敷地所有者が費用を負担します。
一方、下側の敷地内に擁壁を設置する必要がある場合は、下側の敷地所有者が費用を負担するケースが大半です。
ただ、どちらが擁壁の費用を負担するかは法的に規定されているわけではありません。そのため、擁壁がある物件を購入した後に補修が発生した場合、隣家と費用に関する話し合いをきちんと行うことが大切になります。
擁壁は年数が経過するにつれて劣化するため、遅かれ早かれ修繕の必要が出てきます。特に石を積み上げただけの空石積み擁壁など、古い時代に設置されたものは補修する可能性が高いため、修繕費用がかかると考えておきましょう。
築後50年までなら耐久性があるという話も一部ありますが、家を建て替える場合には擁壁も同時に新しく設置し直すほうが良いと考えられます。
なお、新たに設置する場合は3~13万円/1平方メートル程度が費用目安です。補修工事の場合は1~2万円/1平方メートル程度が目安ですが、条件や状態により費用は異なります。
擁壁が2m以下の場合は確認申請や検査義務が不要とされています。そのため、構造計算がきちんと行われていない場合は強度不足の可能性があり、安全とはいえません。高さ2mを超える場合は崖として擁壁等の安全対策を立てる必要がありますが、2m以下の場合は公的な判断基準がありません。
「検査不要=安全」というわけではないため、購入する際には擁壁の状態も確認する必要があります。
原則、擁壁(崖も含む)は火災保険の対象外であるため、台風などの災害で擁壁が崩れても修復費用が出ません。門・塀・垣・タンク・サイロ(円筒形の倉庫)・井戸・物干・外灯設備などの屋外設備は火災保険の対象ですが、擁壁および土地の崩壊を防ぐための構造物や庭木は対象外となっているため、災害で被害を受けても自費で修復することになります。
なお、近年は擁壁崩壊の事故が発生しており、万が一崩壊により第三者に被害を与えてしまった場合は擁壁の所有者が賠償責任を負います。古い擁壁の場合は特にリスクが高いため、購入する際は損害賠償についても考えておくことが必要です。災害はいつ発生するか分からないため、擁壁付きの物件を購入した場合、大家はあらかじめ施設賠償責任保険などに加入して損害賠償へ備えておくと安心です。
擁壁付きの不動産を購入する前に確認しておきたいポイントとして、以下4点があります。
・二段擁壁である
・自然石を積んだ擁壁である
・水抜き穴がない
・ヒビ、亀裂、はらみがある
擁壁が上記のどれかに該当する場合、強度面で心配があります。それぞれ詳しく説明します。
二段擁壁とは、既存の擁壁上にコンクリートブロックやコンクリートなどが設置されている擁壁のことです。たとえば、大谷石の上にブロックを積み重ねてある擁壁などが対象となります。
二段擁壁は上と下の擁壁が一体化していないため強度が弱く、そもそも下段の擁壁を設置するときにその上に2段目の擁壁分の土圧がかかることを想定していないため、崩落する恐れがあります。
宅地造成等規制法上は違法となるため、下段の擁壁に設計以上の荷重がかからないように、上部の擁壁の根入れを深くするなどの対策を講じなければなりません。
自然石を積んだ擁壁も要注意です。大谷石などの自然石であっても、練積みで個々の石がしっかりとコンクリートで固められていれば、強度面で問題はないと考えられています。
しかし、空積みの場合は心配です。擁壁の裏側や目地がコンクリートなどで固定されておらず、石を積んだだけの状態であるため、強度面では問題があるといえます。崩落する危険が高いため、空積みの場合は補強が必要です。
擁壁には一定の間隔で水抜き穴が作られているのが一般的ですので、水抜き穴がない擁壁には注意が必要です。水抜き穴がないと地中の水分量が多くなるため、地盤が軟弱化したり、擁壁を外側に押し出す圧力が高まったりします。そうなると強度が弱まるため、崩壊する危険が高まると考えられています。
見た目が何ともないようでも、ある程度の高さがある擁壁で水抜き穴が設けられていない場合には、専門家に調査を依頼するほうが安心です。
擁壁にヒビや亀裂、はらみ(擁壁前面にたわみが発生していること)がある場合も、安全とはいえません。ヒビは擁壁に無理な力がかかってひずみが出たことが原因であるため、さらに損傷が激しくなる可能性があります。そのまま放置しておくと大きな亀裂が発生するため、修繕することが必要です。
擁壁の裏側に土圧や水圧が増すことで、石積みやブロック積が前方に押し出される現象を「はらみ」といいます。はらみがあると石やブロックが崩れる危険が高いため、購入する場合は修復する必要があります。
擁壁がある物件を検討している場合は、適正擁壁であるかを確認してから購入するのがポイントです。適正擁壁であるかどうかは行政の窓口で確認することができます。ほかにも、不動産会社の担当者に問い合わせることも可能です。都市計画法の許可を受けて検査された擁壁であるかを確認するには、開発指導担当課などで開発登録簿を閲覧します。
適正擁壁でない場合には、不動産を購入した後に擁壁を作り直すなどの処置が必要です。
高低差がある土地に建てられた擁壁付きの物件を購入するときは、擁壁が適正基準で設置されているかを確認することが必要です。強度に問題があると崩壊する危険があり、万が一、崩落事故が発生すれば人命や財産に被害を与える可能性があります。賠償保険に加入していたとしても、尊い人命が失われたら取り返しがつきません。
擁壁付きの物件を購入するときは、所有者が賠償責任を負うリスクがあるため、慎重に判断することをおすすめします。
宅地建物取引士、整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を保有。家族が所有する賃貸物件の契約や更新業務を担当。不動産ライターとしてハウスメーカー、不動産会社など上場企業の案件を中心に活動中。