2021.02.12
民法改正

2020年4月施行の民法改正が不動産賃貸業に与える影響について Part1~賃貸借契約~

はじめに

2017年5月26日、明治時代から抜本的な改正のなされていなかった民法を、大幅に改正する法案が可決されました。この改正民法は、2020年4月1日から施行されます。

確かに、実務上、不動産賃貸借契約は借地借家法(平成4年以前に締結され、更新されてきた契約については、借地法ないし借家法)の規制に従っており、民法が登場する場面は多くはありません。また、今回、借地借家法に対して実質的な改正はなされておりません。

しかし、その限られた部分について、民法は大幅な改正をしており、これに伴い、不動産賃貸借契約で定めることのできる内容、定めなければならない内容は、大きく変わることとなります。この点を正確に把握することは、今後、賃貸経営を行っていくためには必須であると考えられます。

そこで、本稿では、一般的な不動産賃貸借契約に、改正民法がどのような影響を与えるのか、概括的な説明を行いたいと思います。詳細については、他の解説に委ねることがありますので、あらかじめご承知置きください。

なお、以下では、便宜上、現行(2017年5月26日改正前)民法を「旧民法」、同日改正された民法を「改正民法」として解説いたします。

賃貸人が修繕義務を負わない範囲の拡大(改正民法第606条)

旧民法では、賃借人の責に帰すべき事由の有無にかかわらず、賃貸人は、賃貸不動産の使用収益に必要な修繕義務を負うとされておりました。

改正民法では、賃借人の責に帰すべき事由により修繕が必要になった場合、賃貸人は修繕義務を負わないとされました。
賃貸人に有利な改正ですので、賃貸借契約書に盛り込むことが考えられます。

ただし、本条は、賃貸人が修繕しない場合に、賃借人が修繕することを禁止するものではありません。土地建物の品質維持のためには、賃貸人の指定した業者以外の者に修繕してほしくないということもあるでしょう。

このような場面も考慮して、賃借人の責に帰すべき事由により修繕が必要になった場合には、賃貸人が修繕し、その費用を賃借人に請求することができるという形で、賃貸借契約書に盛り込むことも考えられます。

賃借人による修繕権(改正民法第607条の2)

旧民法では、賃貸人が必要な修繕を行わない場合について、規定を置いておりませんでした。

改正民法では、「賃借人が修繕の必要性を通知し、もしくは、賃貸人がその旨を知ったのに、賃貸人が相当期間内に修繕をしないとき」、または、「急迫の事情があるとき」には、賃借人が自ら修繕することができるとされました。

前者は、増改築禁止規定として、すでに賃貸借契約書に定められていることも多いと思われます。ただ、事前通知期間まで定めている契約書は多くないと思われますので、今回の改正にあわせて、「修繕の○か月前までに通知する」ことを賃借人に義務づけることも考えられます。

また、後者の「急迫の事情」については、事前通知義務を定めることは現実性がありませんが、事後速やかな通知を義務づける規定は設けてもよいでしょう。

保証に関するルールの大幅な変更

賃貸借契約においては、賃借人に保証人の設定を求めることも多いと思われます。

この場合の保証人は、通常、当該賃貸借契約から生ずる賃借人の一切の債務を保証するというもので、民法上、「根保証」と呼ばれます。このような保証、根保証について、保証人の利益を保護する観点から、次のような規定が設けられるようになりました。

・賃貸人や賃借人は、保証人に対し、重要な情報を提供する義務を負う。
・賃貸人は、保証人が個人である場合、極度額、すなわち保証の「上限額」を定める義務を負う。
・賃借人や保証人が死亡した場合、保証人が責任を負う主債務の額が確定される(すなわち、それ以降の賃料債務が無保証となる)。
・連帯保証人に対する請求は、賃借人への請求の効力を有しない(すなわち賃借人との関係では時効中断とならない)。

賃料減額請求から賃料減額へ(改正民法第611条第1項)

旧民法では、賃貸不動産の一部が賃借人の過失によらず「滅失」した場合に、「賃借人の請求に応じて」賃料減額がなされることとされておりました。

改正民法では、滅失だけでなく、賃貸不動産の一部が賃借人の過失によらず「使用収益をすることができなくなった」場合に、「当然に」その割合に応じて賃料減額されることとなりました。

賃貸不動産の近くに居住しているとは限らない賃貸人にとって、賃貸不動産が使用収益不能となった理由も、どの程度使用収益することができなくなったかも、その時点で(すなわち証拠が散逸する前に)把握することは容易ではありません。知らないうちに、賃料以上の額を受領しており、それは後から賃借人に返さなければならないということになるかもしれません。

賃貸人としては、賃貸不動産の状況にこれまで以上に関心を寄せ、適切に管理することが望まれます。

また、本条は任意規定(当事者間の合意で、適用を排除できる規定)ですので、賃貸借契約書で、本条と異なる内容を定めておくことでも対応できます。

賃借人に過失のある使用収益不能でも契約解除可能に(改正民法第611条第2項)

旧民法では、賃貸不動産の一部が賃借人の過失によらず「滅失」した場合で、残存する部分のみでは賃借をした目的を達することができないときに、賃借人は賃貸借契約を解除できるとされておりました。

改正民法では、上記5と同様、滅失に限らず「使用収益をすることができなくなった」場合で、それが「賃借人の過失による場合であっても」、それによって賃借の目的を達成できなくなった場合には、賃借人は賃貸借契約を解除することが認められます。ただし、賃借人の過失による場合は、賃貸人には損害賠償請求権が認められます(改正民法第415条)。

賃貸借契約書で賃借人の解除権を定めた規定において、条件を滅失に限っていたり、賃借人の無過失を要件としていたりする場合には、修正しておく必要があるでしょう。

承諾転貸借のある場合における転借人の保護(改正民法第613条第3項)

適法な転貸借がなされている場合、転借人は、賃貸人・賃借人(転貸人)間の合意解約がなされたとしても、自己の転借権を賃貸人に主張できることとされました。ただし、賃借人の債務不履行による解除がなされた場合には、転借人は転借権を主張できません。

原状回復義務の範囲が明確に(改正民法第621条)

旧民法では、賃貸借契約終了時における賃借人の原状回復義務について、明確な規定はありませんでした。

改正民法では、原状回復の範囲を明確化し、①通常損耗、②経年劣化、③賃借人の責に帰すことのできない損傷は、原状回復義務の範囲から除外されることとなりました。また、④賃借人が賃貸不動産に附属させた物で、分離できない物や分離に過分の費用を要する物については、収去しなくてよいこととされました。

これらは従前の判例や通説的な解釈を踏まえたもので、既存の賃貸借契約書にも同様の規定が設けられているかもしれません。ただ、内容は一度、見直しておくべきでしょう。

その他の改正

旧民法では敷金に関する実質的な規定がありませんでしたが、改正民法では敷金に関する規定が設けられました(改正民法第622条の2)。

旧民法は、建物所有を目的としない土地賃貸借契約(ゴルフ場、駐車場等)期間を20年以内としておりましたが、これが50年以内と改められました(改正民法第604条)。なお、建物所有目的の土地賃貸借契約期間が30年以上であること(借地借家法第3条)、建物賃貸借契約の期間には特に制限がない(ただし1年未満の契約は期間の定めのないものとみなされる。借地借家法第29条第1項)ことには、特に変更はありません。

旧民法では、賃借人の用法違反(契約によって定めた目的物の用法(使い方)に違反すること)による賃貸人の損害賠償請求権について、用法違反時から10年間経過したら時効により消滅するものと解釈されておりましたが、改正民法では、賃貸人が賃貸不動産の返還を受けたときから1年間を経過するまでは、消滅時効の完成を猶予する規定が設けられました(改正民法第622条・第600条第2項)。

よくある質問事項

Q 2020年4月1日より前に締結された不動産賃貸借契約や、当該契約からすでに発生していた債権債務について、改正民法が適用されるのでしょうか。

A 改正民法は適用されず、旧民法が適用されます。

Q 2020年4月1日より前に締結された不動産賃貸借契約を、同日以降に更新した場合、改正民法が適用されるのでしょうか。

A 合意による更新(自動更新条項による更新を含みます)の場合には、改正民法が適用されます。法律の規定に基づく更新の場合のうち、たとえば賃貸借契約期間満了後に、賃借人が賃貸不動産の使用収益を継続し、賃貸人が異議を述べない場合(民法第619条第1項)にも、改正民法が適用されます。異議を述べないことが合意と考えられるためです。借地借家法に基づく法定更新の場合は、合意がないため、旧民法が適用されます。

 

【執筆者】森田 雅也

東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。

経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所

著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)

 
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