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2020年4月1日から施行される改正民法が不動産賃貸業に及ぼす影響について、前回は瑕疵担保責任から契約不適合責任への変更について解説いたしました。本稿では、今回の民法改正により、実務レベルで、不動産賃貸借契約をどのように変更すべきなのかという点について、解説いたします。
なお、本稿では、これまで同様、現行民法を「旧民法」、2020年4月1日に施行される改正後の民法を「改正民法」と記載しています。
改正民法を踏まえた賃貸借契約書については、国土交通省が公開している賃貸借契約書ひな形「賃貸住宅標準契約書」を参考にすることができます。
以下では、この「賃貸住宅標準契約書」を踏まえたうえで、ひな形の内容に留まらず、重要な修正点及び賃貸人の立場からみて検討すべき記載例について解説していきたいと存じます。
今回の民法改正により、賃貸借契約における保証契約でも極度額の定めが必須となり、個人を連帯保証人とする場合、極度額を定めないと連帯保証契約は無効となってしまいます。詳細は、第3回目の記事「賃貸借における連帯保証人契約の変更点について」をご参照ください。
第〇条(連帯保証)
1 連帯保証人(以下「丙」という。)は、乙(賃借人)と連帯して、本契約から生じる乙の債務を負担するものとする。本契約が更新された場合においても同様とする。
2 前項の丙の負担は、極度額(金〇〇円)を限度とする。
記載例第2項のとおり、賃貸借契約書の連帯保証の条項には、賃貸人と連帯保証人欄で定めた「極度額」の金額を記載する必要があります。極度額は定額であることが必要とされるため、「〇〇円」と具体的な金額を記載することが基本となります。
極度額を賃料の数か月分として設定する場合には、契約期間中に賃料が変動することがあり得ることから、「賃料〇か月分(〇〇円)」といった記載とし、金額が特定できるように記載します。
なお、「賃貸住宅標準契約書」でも採用されている、頭書を使用する形式では、頭書に極度額記載欄を設けて具体的な金額を記載したうえで、契約条項には、「頭書記載の極度額を限度とする」や「極度額(頭書記載の賃料額の〇か月分)を限度とする」旨記載します。
改正民法では、賃貸借の敷金の定義が明文化され、また、賃貸人は、賃貸借が終了しかつ賃貸物の返還を受けたとき等には、敷金の額から賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならないとされています(改正民法第622条の2第1項)。また、当該敷金による充当は、賃借人から請求することはできないとされています(同条第2項)。
詳細は、第5回目の記事「民法改正により敷金と原状回復のルールが明文化」をご参照ください。
第〇条(敷金)
1 乙(賃借人)は、本契約から生じる債務の担保として、頭書(〇)に記載する敷金を甲(賃貸人)に交付するものとする。
2 甲は、賃貸借期間中、敷金をもって賃料その他の本契約に基づく乙の債務の弁済に充てることができる。この場合において、乙は、本物件を明け渡すまでの間、敷金をもって当該債務の弁済に充てることができない。
3 前項の場合において、甲は、乙に対し、債務の弁済に充てたことにより第1項の敷金の金額に不足することとなる部分について、敷金として交付するよう請求することができ、乙はその請求を受けた日から〇日以内に当該部分の金額を甲に対して交付しなければならない。
4 賃料が増額された場合、甲は、頭書(〇)に記載する月数相当分の新賃料額と旧賃料額の差額を、敷金に補填するものとする。
5 甲は、明渡しまでに生じた本契約から生じる賃借人の一切の債務を敷金から充当し、なお残額がある場合には、本物件の明渡し後、遅滞なく、その残額を乙に返還しなければならない。
6 前項の規定により乙の債務額を差し引くときは、甲は、敷金の返還とあわせて債務の額の内訳を明示しなければならない。
記載例第2項や第5項が、改正民法第622条に対応したものです。改正民法で新設された敷金に関する規定は、従前の判例を踏まえたものであるため、通常は、契約文言を見直す必要はないものと思われますが、対応する規定を設ける場合には、上記の通り記載することが考えられます。
また、敷金は、賃貸借契約上の賃借人債務の担保となりますので、滞納賃料の担保に不足しないよう、敷金の追加差入請求(記載例第3項)や賃料増額に伴う敷金補填請求(記載例第4項)の規定を設けることも検討すべきといえます。
賃貸人の修繕義務の範囲について、改正民法では、旧民法と同じ規定の本文「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」に続き、「ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りではない。」として、但書が追記されています(改正民法第606条)。
また、賃借人の修繕権について、改正民法は「賃借人が賃貸人に対して修繕が必要であることを通知し、もしくは賃貸人がその旨知っていたにもかかわらず相当の期間内に必要な修繕がされない場合、または、急迫の事情がある場合には、賃借人は自ら修繕をすることができる」旨規定しています(改正民法第607条の2)。
詳細は、第1回目の記事「2020年4月施行の民法改正が不動産賃貸業に与える影響についてPart1~賃貸借契約~」をご参照ください。
第〇条(契約期間中の修繕)
1 甲(賃貸人)は、乙(賃借人)が本物件を使用するために必要な修繕を行わなければならない。この場合の修繕に要する費用は、乙の責めに帰すべき事由により必要となったものは乙が負担し、その他のものは甲が負担するものとする。
2 前項の規定に基づき甲が修繕を行う場合は、甲は、あらかじめ、その旨を乙に通知しなければならない。この場合において、乙は、正当な理由がある場合を除き、当該修繕の実施を拒否することができない。
3 乙は、本物件内に破損箇所が生じたときは、甲にその旨を速やかに通知し修繕の必要について協議するものとする。その通知が遅れて甲に損害が生じたときは、乙はこれを賠償する。
4 前項の規定による通知が行われた場合において、修繕の必要が認められるにもかかわらず、甲が正当な理由なく修繕を実施しないときは、乙は自ら修繕を行うことができる。この場合の修繕に要する費用については、第1項に準ずるものとする。ただし、本項にいう「修繕」とは通常又は小規模修繕に限定されるものとし、壁面及び構造体にかかる大規模修繕や使用収益を向上させる増改築は含まない。
5 前項にかかわらず、乙は別表第〇に掲げる修繕については、前項に基づき甲に修繕を請求するほか、自ら行うことができる。乙が自ら修繕を行う場合においては、修繕に要する費用は乙が負担するものとして、甲への通知及び甲の承諾を要しない。
改正民法第606条第1項但書の内容を契約書に盛り込まずに、単に「修繕義務が賃貸人にある」とのみ定めている場合には、契約内容としては、第606条第1項但書の適用を排除しているのか否かが明らかではありません。したがって、記載例第1項のように明記するようにしましょう。
また、改正民法第607条の2では、急迫の事情がある場合等において賃借人の修繕権が認められていますが、賃借人が自らの判断のみで修繕を実施した場合には、修繕の必要があるのはどの範囲かなどについて、トラブルになりかねません。そこで、トラブル防止のため、記載例第3項及び第4項のように、賃借人が修繕箇所を発見した場合にはまずは速やかに賃貸人に通知し、協議する旨の規定を設けることも検討すべきでしょう。
なお、記載例第5項では、建物の躯体構造等に影響がない軽微な修繕で、安価な費用で修繕できる場合には、賃借人が自らの負担で行うことが可能である旨定めています。
改正民法では、賃借物が一部滅失したときは、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、当然に賃料減額の効果が生じる規定となっています(改正民法第611条第1項)。
詳細は、第6回目の記事「民法改正による一部滅失等による賃料の減額について」をご参照ください。
第〇条(一部滅失等による賃料の減額等)
1 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において、それが乙(賃借人)の責めに帰すべき事由によらないときは、甲(賃貸人)及び乙は、その使用できなくなった部分の割合に応じて賃料減額の要否や程度、期間、賃料の減額に代替する方法その他必要な事情について協議するものとする。この場合において、賃料を減額するときは、その使用できなくなった部分の割合に応じるものとする。
2 本物件の一部が滅失その他の事由により使用できなくなった場合において、残存する部分のみでは乙が賃借した目的を達することができないときは、乙は本契約を解除することができる。
改正民法第611条第1項は任意規定であると考えられるため、賃貸人からすれば、賃借物の重要部分の使用収益が可能である限り賃料減額をしない規定にすることや、第611条第1項の適用を排除して協議を求めることができる規定にすること等が考えられます。
記載例第1項は、紛争防止の観点から、一部滅失等があった場合には、まずは賃借人から賃貸人に通知をし、協議をする旨の規定にしています。
また、記載例第2項は第611条第2項を確認的に記載しています。
改正民法では、賃貸借終了後の原状回復義務について、賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負いますが、通常の使用・収益によって生じた賃借物の損耗および賃借物の経年変化や、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、当該義務を負わないとされています(改正民法第621条)。
詳細は、第5回目の記事「民法改正により敷金と原状回復のルールが明文化」をご参照ください。
改正民法で設けられた原状回復に関する規定は、従前の判例や通説的な解釈を踏まえた内容となっておりますので、通常は、契約文言を見直す必要はないものと思われます。なお、詳細な記載例は「賃貸住宅標準契約書」のひな形をご参照ください。
改正民法の第621条の規定は、任意規定であるため、これと異なる内容を特約で定めることは可能です。ただし、通常損耗分の一部も含めて賃借人に原状回復義務を課すなどの特約が成立するためには、その範囲等につき明確な合意が必要とされます。
したがって、契約書には、原状回復に関する一般原則についても記載のうえ、例外的な特約にもとづく賃借人負担の範囲等について具体的に記載し、その内容の理解と納得を得たうえで、当事者の署名押印を求めるようにすべきといえます。
Q1:個人が保証人となる場合の極度額の金額に、基準はありますか?
A:極度額に関する基準は定められておらず、特段の規制もありません。したがって、公序良俗に反するような高額に過ぎるものでない限り、当事者間の合意により自由に定めることができます。極度額の設定には、国土交通省が公表している「極度額に関する参考資料」が参考になります。
Q2:更新料特約や敷引特約を定めるときに、気を付ける点はありますか?
A:更新料特約や敷引特約を規定するにあたっては、契約書に一義的かつ具体的な記載をし、また、消費者契約法上無効とならないよう、金額が高額に過ぎると評価されないよう注意する必要があります。
なお、特約締結についての当事者の意思を明確にし、それを証拠として残すために、特に重要な部分については、特約条項ごとに両当事者が押印等するという方法も考えられます。
【執筆者】森田 雅也
東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。
経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所
著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)
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