賃貸物件のオーナーは、将来、病気や怪我などによって賃貸経営が困難になったときの対策をあらかじめ考えておく必要があります。特に高齢になり認知症を患うと、物事の判断がつかなくなるので、賃貸物件の管理は家族など信頼できる人に任せなければなりません。本記事では、家族に財産管理を委託できる「家族信託」という制度の仕組みとメリット、注意点について解説します。
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目次
初めに、家族信託の概要と仕組みを解説します。不動産投資の出口戦略にもなるので、現在賃貸経営を行っている人だけでなく、これから不動産投資を始めたいと思っている人も参考になる点があるでしょう。
家族信託とは、所有する不動産や預貯金などの財産を家族に託し、管理・処分を任せる制度のことです。主に、高齢の親などが自分の力で財産管理をすることができなくなった場合の対策として行われます。
不動産の賃貸経営は大きな金額が動くうえ、正確な判断能力や知識が必要になるため、こうした対策は重要です。認知症による問題は増加の一途をたどっていますが、もし不動産を所有する親が認知症になると、権限を家族に移すための手続き自体が困難になるケースも考えられます。
家族信託を利用すれば、財産管理ができなくなった場合に、子供や親族などに財産を管理したり処分したりできる権限を与えておくことが可能となりますので、もしものときにも安心できると考えられます。
家族信託は、委託者、受託者、受益者の3者が当事者となり、委託者と受託者の間で家族信託契約を締結することで適用されます。受託者には委託者から指定された信託財産を管理・処分する権限が与えられ、受益者は信託財産から生じた利益を受け取る権限が与えられます。なお、委託者自身が受益者となることは問題ないとされています。
不動産の賃貸物件の場合、親と子どもの間で信託契約を締結するケースが一般的です。親が委託者、子供が受託者の立場となり、不動産の管理・処分ができる権限を与えておくことで、親が認知症を患った場合などの備えになります。
また、親が亡くなった後、財産を承継する人を指定できる遺言機能もあります。もしも相続を予定していた人が亡くなった場合などに備え、2番手、3番手の承継者を指定することも可能であるため、遺言よりも柔軟な対応ができます。
賃貸オーナーが家族信託を利用する場合のメリットを3つ紹介します。
不動産を所有する親が高齢になり、認知症を患った場合でも、家族信託を利用していれば子どもが引き続き賃貸経営を継続できます。
本来であれば、親が認知症などにより判断能力が著しく低下した場合、「預金の引き出し・解約」「不動産の管理・売却」といった重要な財産管理行為は、家族であっても行うことはできません。この場合、裁判所に成年後見の申立をするケースが一般的ですが、手続きには大きな手間がかかるという難点があります。
親が健康なうちから不動産の経営や処分方針を親子間で話し合い、十分な信頼関係ができたうえで家族信託契約を締結して子どもを受託者として資産を預ければ、安心して適用できる可能性が高まります。
すでに説明のとおり、もし認知症などにより親の判断能力が低下して財産管理が困難になった場合、成年後見制度を活用するのが一般的です。成年後見制度とは、家庭裁判所が選任した成年後見人が、判断能力に低下がみられる人の財産管理などを行う制度です。
ただし、成年後見人は弁護士や司法書士などの専門家が選出されることが多く、基本的に本人のメリットになる行為しかできないという特徴があります。その点、家族信託を利用していれば、より柔軟な財産管理ができますので、相続税対策としても有効です。
成年後見人制度は、財産管理を専門家などに依頼すると依頼費用が発生しますが、家族信託では財産を管理する人に報酬を支払う必要がありません。
専門家に支払う報酬は成年後見人の資産額によって大きく変わりますが、月額数万円程度のコストがかかることが一般的です。さらに、成年後見人は一度専任すると特別な事情がないかぎり解任することができず、本人が亡くなるまで継続されます。したがって、亡くなるまでの期間が長いほど、出費額は高額になることが考えられます。
賃貸オーナーが家族信託を利用する場合のデメリットを3つ紹介します。
不動産投資を利用した節税手段のひとつに、損益通算が利用できる点があります。損益通算とは、不動産経営で発生した損失額を、不動産所有者の所得税や住民税と相殺することで節税ができる制度のことです。
しかし、信託財産の中に収益不動産がある場合は、不動産所得にかかる損失はなかったものとみなされます。したがって、信託財産である不動産の損失は、給与所得などと損益通算することや、純損失の繰り越しをすることが不可となる点はデメリットといえます。
参考:国税庁 – 第41条の4の2((特定組合員等の不動産所得に係る損益通算等の特例))関係
家族信託の契約を締結しており、その信託財産から年間3万円を超える収入がある場合は、「信託計算書」と「信託計算書合計表」を税務署に提出する必要があります。不動産所得の確定申告とは別に提出するものですので、書類作成の手間が増加することになります。
信託計算書と信託計算書合計表は、法律上、毎年1月末までに前年の信託財産を税務署へ報告するように決められています。確定申告の期日とは異なるため、提出を忘れないように注意しなければなりません。ただし、確定申告をはじめ、税金に関する書類作成全般を税理士へ委託しているオーナーの場合、こうした手続きも税理士へお願いできるので大きな負担にはならないといえます。
家族信託の場合、成年後見制度のように月々の報酬が発生するといったことは基本的に考えにくいです。
しかし、最初の手続きは複雑であるため、司法書士などの専門家へ委託して行うケースが一般的であり、高い初期費用がかかります。専門家への報酬額は依頼先によって異なりますが、不動産や預金を信託する場合、実費を含めると50万円以上を見積もっておく必要があります。規模の大きいマンションやアパートなどといった賃貸物件の場合は、さらに高いコストを見込んでおく必要があります。
成年後見制度を利用した場合にかかる総費用と比較すると安価な場合は多いものの、それでも最初にまとまった資金が必要である点は把握しておきましょう。
それでは、実際に家族信託契約を締結する場合の手続きの流れについて解説します。
まずは家族間で話し合い、家族信託を行う理由について明確にしていきましょう。今回のテーマだと「賃貸経営を承継すること」となります。家族信託の目的としては、親の認知症に備えるため、財産の相続先を明確にするため、子供の生活を支えるためなど、さまざまな種類が考えられます。
また、家族信託の内容は、委託者と受託者の間だけで決めるのではなく、ほかの家族の意見を聞くことも大切です。特に、不動産のように価値の大きな資産に関してのことを委託者と受託者の間だけで決めてしまうと、ほかに相続の権利を持つ家族や親族から反発を招く可能性があるため、時間をかけて慎重に検討することをおすすめします。
家族の話し合いで決めた内容を取りまとめ、家族信託の契約書を作成します。賃貸物件の信託契約をする場合、管理・処分をする者や、委託者が亡くなった場合の承継者などについて明記する必要があります。
管理・処分の範囲に制限を設けることも可能なので、後から権限の範囲を巡ってトラブルに発展しないよう、必要に応じて司法書士や弁護士、税理士などの意見も取り入れながら、できるだけ明確に書くことを心がけましょう。
なお、作成した契約書は公正証書にするのが一般的です。信託契約の内容を公正証書にすることは必須ではありませんが、公的な証明を作成しておくとトラブル防止に役立つ可能性があります。
契約書を作成した後は、不動産の名義を変更します。家族信託においては、親から子へ移すケースが一般的には多いです。不動産の名義変更では、所有権を親から受託者である子へと移転する「信託登記」を法務局に申請しなければなりません。
また、「信託目録」という、信託財産を一覧にした記録を作成することも必須です。なお、形式的な所有権移転になるため、一般的な所有権移転登記よりも登録免許税は低くなるという特徴があります。
現金や預金が信託財産という場合はお金を管理するための専用口座を開設しますが、信託財産が賃貸物件であっても家賃を振り込むための専用口座を用意する必要があります。信託口座は取り扱う銀行が限られており、普段利用している銀行では開けないという可能性もありますので注意が必要です。
そのほかの注意事項として、家族信託には「30年ルール」という有効期間が設けられていることを把握しておきましょう。30年ルールとは、「信託開始から30年経過後に受益者となった人が死亡すると、信託は終了する」というものです。これは「受益者連続型信託」という、財産の承継先を次の世代まで指定して引き継がせることができる信託に適用されるルールで、年数に関わらず永久に承継されるわけではないことを覚えておく必要があります。
少子高齢化問題が深刻な日本では、不動産の所有者における高齢化も進んでいるのが現状です。実際、所有者不明の家や、相続人不在の空き家などは増え続けています。これらの対策としては、不動産の所有者が健康なうちに、子供をはじめ、家族と相続について方針を決めておくことが有効です。
相続問題を考えるうえでも家族信託は有効な選択肢のひとつといえますが、本記事で紹介したようにメリットばかりでなく注意点もあります。制度の仕組みをよく把握することと、家族でしっかりと話し合うことが重要です。これから不動産投資を始めようと考えている人も、出口戦略のひとつの手段として家族信託について理解しておくことをおすすめします。