賃貸経営では、家賃に加え敷金礼金についても検討します。敷金礼金の決め方や定義、これまで曖昧だった原状回復負担が民法改正で明確化した点を紹介します。オーナーは契約時に負担割合を明記することが大切です。
敷金と礼金は賃貸借契約を締結する際に授受されるお金のことです。それぞれの定義を確認しておきましょう。
【敷金】
不動産、家屋の賃貸借に際して賃料などの債務の担保にする目的で、賃借人が賃貸人に預けておく保証金。
【礼金】
部屋や家を借りるとき、謝礼金という名目で家主に支払う一時金。
(出典:デジタル大辞泉/小学館)
国語辞典を調べてみると、敷金・礼金は上記の様に定義されています。つまり、敷金はあくまでも保証金としての預り金であり収入に加えることができないお金、そして礼金は収入に加えることができるお金と考えるとわかりやすくなります。
とはいえ、敷金については、民法に、「第316条 賃貸人は、敷金を受け取っている場合には、その敷金で弁済を受けない債権の部分についてのみ先取特権※を有する。(例えば、家賃の未払があった場合に、敷金を受け取っている場合には他の債権者に先立って敷金から家賃分を受け取ることができるということ)」等の運用解釈について記載があるものの、敷金も礼金の定義は法律には明文化されているものではありません。不動産取引における慣習として授受が行われてきたものに過ぎないのです。
※先取特権 他の債権者に先立ち、自己の債権の弁済を受けることができる権利。
慣習として授受が行われてきたものに過ぎないため、敷金・礼金をめぐるトラブルもあるということに、貸主は注意しておく必要があります。特に、敷金についてのトラブルが多く、借主が賃貸住宅を退去する際に、ハウスクリーニング、クロス貼替え、畳表替え、襖貼替え等の原状回復費用として、高額な料金を請求され、結果、敷金が返金されない、敷金を上回る金額を請求されるなどして、全国消費生活情報ネットワークシステム(独立行政法人国民生活センターと全国の消費生活センターを結ぶネットワーク)に寄せられた相談件数は2017年だけでも12,000件 を超えています。
【敷金トラブル事例】
転勤のため、賃貸マンションを退去することになった。入居の際に礼金と別に敷金として家賃の4ヶ月分の56万円を支払った。契約時にそのうちの2ヶ月分は返金されないと説明されていた。自分ではきれいに使用していたつもりだったが、残り2ヶ月分のうち23万円以上がリフォーム代に充てられると言われた。夫婦2人のみで子供はいないため、汚れていないと思う。費用の内訳を出してもらったが、クロス貼替の部分で納得できない費用もある。
この相談では、業者がクロス貼替費、塗装費や諸経費分(18万円)は返還するとし、相談者と合意しました。
出典 国民生活センターホームページ
借主は退去の際に、部屋を借りた当初の状態に戻す義務があります。これを原状回復義務と言います。しかし、経年劣化、自然損耗(通常の使用で生じる損傷のこと)を借りた当初の状態に戻すための費用負担までは、原状回復義務に含まれていないとする判例もあれば、自然損耗も借主が負担すべきだとする判例もあります。敷金をめぐるトラブルはこれまではっきりと借主・貸主のどちらに原状回復義務の費用負担があるかのルールが明文化されていなかったために、生じてしまったものと考えることができます。
2017年に改正民法が成立しました。120年ぶりの改正と、各メディアが大きく取り上げていたので目や耳にされた方も多いのではないでしょうか。改正民法は2020年4月に施行されます。
この民法の改正において、敷金の定義、借主の原状回復義務の考え方が明文化されることになりました。
改正民法によると、まず、借主の原状回復義務を「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除いた損傷」の回復に限定した上で、敷金については家賃など借主が貸主に支払うお金(家賃など)の担保を目的としたものと定義しています。そして、賃貸借契約の終了時には未払家賃等を差し引いた金額を借主に返還しなければならないと定めています。
今回の改正を受けて、貸主は借主に経年劣化、自然損耗とはどこまでの範囲を指すものなのか、明確に提示することが求められることになります。その範囲をどのように考えていけばよいのでしょうか。
国土交通省では、以前から「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下、ガイドライン)を公表しています。このガイドラインでは、例えば、建物の消耗について、建物価値の減少ととらえられるものを、以下の4つに区分して、その費用負担のあり方について判断の目安を示しています。
A :賃借人が通常の住まい方や使い方をしていても発生すると考えられるもの
B :賃借人の住まい方や使い方で発生したりしなかったりすると考えられるもの(明らかに通常の使用等による結果とはいえないもの)
A(+B):基本的には A であるが、その後の手入れ等賃借人の管理が悪く、損耗等が発生または拡大したと考えられるもの
A(+G):建物価値の減少の区分としては A に該当するものの、建物価値を増大させる要素が含まれているもの
それによると、Aに区分されるもの(例:家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡、日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生した畳の変色、フローリングの色落ちなど)は貸主が原状回復費用を負担するものであり、Bについては「故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等」(例:引越作業で生じたひっかきキズ、落書き等の故意による毀損、不注意に雨が吹き込んだことなどよる畳やフローリングの色落ちなど)には借主にも負担責任があると明記されています。
今まで、敷金について明文化されているのはこのガイドラインのみでしたが、ガイドラインはあくまでもガイドラインに過ぎず、拘束力は弱いものでした。しかし、改正民法の施行によって、今後、貸主は何が「故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等」であるか、負担割合をどのようにするかなどを契約時に明確にしておくことが、より強く求められるでしょう。また、それは敷金をめぐるトラブルを事前に回避し、必要以上の原状回復負担を貸主が負うことにならないためにも大切なことといえます。
敷金と礼金の意味合い、そして賃貸経営を行う上で、貸主が注意しておきたいことについてのポイントを確認できたでしょうか。ガイドラインを熟読し、今後の賃貸借契約にかかる書類にどのような要素を盛り込めばよいか、考えるきっかけにしてみてください。改正民法の施行はもう少し先のお話ですが、早めに賃貸借契約について詳しい専門家のアドバイスも受けながら、敷金と礼金の金額設定、契約書面の改定についても検討しておくとよいでしょう。
執筆者
大長 伸吉(不動産投資アドバイザー)
ランガルハウス株式会社代表、年金大家の会主宰
■保有資格
宅地建物取引士、AFP、貸金業務取扱主任者
世田谷区・目黒区を中心に東京の土地購入から銀行融資、設計施工、満室管理、税務相続まで個別に寄り添っている。自身も4棟23室の物件を満室運営中。10年間で3,000回以上の個別相談と250回を超えるセミナーを開催。
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