賃貸物件の原状回復費用は、原則、賃借人が賃貸物件に対して、通常の使い方により生じる程度を超えて汚損・損傷等を生じさせた場合にそれらを回復するための費用とされています。賃貸借契約はオーナーと入居者双方の合意があれば、原状回復費用の負担内容を原則として自由に決めることができ、ガイドラインや民法に定められた原則とは異なる取り決めをすることも自由ですが、入居者を保護する趣旨からこれには一定の制限があります。
そこで、オーナーが入居者との間の原状回復費用を巡るトラブルを避けるために必要な知識と対策について、本記事では詳しく紹介していきます。
【監修者】弁護士 森田 雅也
【著者】水沢 ひろみ
オーナーのための家賃保証
「家主ダイレクト」
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目次
現在、賃貸借の原状回復費用について定めているルールとして、国土交通省のガイドライン、東京ルール(賃貸住宅トラブル防止ガイドライン)、改正民法の3つが存在します。
契約に定めのない事項については、改正民法の規定が適用されます。国土交通省のガイドラインと東京ルールは契約に定めのない事項について直接適用はされませんが、これらガイドラインは原状回復費用に関する過去の裁判例等を基に作成されており、原状回復費用の負担等を考える際には、事実上、基準となります。
また、賃貸借契約においては立場の弱い賃借人を保護する必要から、当事者の合意により原状回復費用の負担について定めてもこれらのルールの趣旨に反する内容は無効とされることがあります。そのため、オーナーはこれらのルールの内容を熟知して契約する必要があります。そこで、まずは原状回復について定めているそれぞれのルールについて説明しましょう。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、原状回復を以下のとおりに定めています。
原状回復とは、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
出典:国土交通省 – 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
この「善管注意義務」とは、善良な管理者として一般的に払うべきとされる注意義務をいいます。つまり、入居者が負担すべき原状回復費用とは、入居者が通常の使用方法を超えてわざと、もしくは不注意で壊したり傷付けたりして建物の価値を減少させた場合、ということです。
そのため、時の経過によって建物や設備が劣化していくことや、入居者が通常の使用方法に従って使用しても生じる損耗については、入居者に負わせるべき責任とはせず、オーナーが負担するべきとされています。
ただし、ガイドラインは借主と貸主の責任の負担割合についてあくまでも基本的な考え方を表したものであって、特別に法的拘束力を持つわけではありません。賃貸借契約では、強行法規に反しない限り、特約を設けることは当事者の自由です。これを「契約自由の原則」といいますが、その場合には以下の要件を満たすことが必要とされています。
オーナーはガイドラインの考え方を理解したうえで、入居者に対し原状回復についての十分な説明を事前に行うことで、入居者との間の認識の違いをなくすことが大切です。
賃貸物件の退去時のトラブルを防止するために、東京都は2004年に「賃貸住宅紛争防止条例」を施行し、これに併せて「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」を設けました。東京都の条例であり、東京都内に存在する居住用の賃貸住宅に適用されるルールであることから、「東京ルール」とも呼ばれています。
賃貸借契約においては、仲介する宅地建物取引業者は、宅地建物取引業法に基づく重要事項の説明をする必要があります。東京ルールではこの重要事項の説明の際に、
を伝えなければならないとされました。
東京ルールにおいては、経年劣化や通常の使用による消耗は貸主負担ではあるものの、故意・過失・通常の使用による範囲を超えた原因がある場合は借主負担と明記されています。それにくわえ、故障や不具合を放置したことから発生・拡大した損傷についても借主負担とされています。
賃貸借契約は原則的には当事者同士の話し合いで自由に内容を決められるため、オーナーと入居者が合意すれば原状回復についての特約を設けることもできます。
ただし、東京ルールで定められた原状回復の基本的なルールを超える負担を入居者にさせる場合には、国土交通省のガイドラインの場合と同様に合理的な理由・必要性等が求められます。これは各ガイドラインに定められた原状回復の基本的なルールは過去の裁判例等を基に定められているためです。東京ルールでは、原状回復に関する取り決めについて重要事項説明の際に入居者へ伝えることが必要とされているため、入居者の利益が固く守られていることがうかがえます。
東京ルールは東京都内で適用される条例ではありますが、入居者とのトラブルを避けるという観点から都外に物件をお持ちのオーナーも東京ルールを参考にしてみることをおすすめします。
2020年4月に改正された民法が施行され、原状回復についてのルールが明文化されました。
改正民法第621条は、「賃借人は賃借物を受け取ったのちに生じた損傷について原状回復義務を負うが、通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化については原状回復義務を負わない」旨を定めています。
通常の使用によって生じた通常損耗や経年劣化は原状回復の対象外とする判例実務上の考え方が明文として定められることになりました。
原状回復費用についてのガイドラインが定められる以前は原状回復費用の内容や負担割合についての基準があいまいであったために、オーナーと入居者の間でトラブルになることが多々ありました。
中には原状回復を「入居前の状態に戻してオーナーに返還する」と解釈して、通常使用で生じる損耗までを入居者の負担ということで原状回復の範囲に含めるケースもありました。
しかし、通常生活していれば生じる損耗や経年劣化は入居者が負担する原状回復費用には含まれないというのがガイドラインの考え方です。入居者はそのぶんを賃料としてすでに支払っているためです。
賃貸人であるオーナー側は、ガイドラインなどで入居者側が保護されているこの現況をよく認識しておく必要があります。入居者に帰責性があると考えられる損耗などは入居者の負担となりますが、オーナーはどういったケースでどの範囲までならば入居者へ負担を要求できるのかという正確な知識をもつことは、今後ますます重要になるといえます。
原状回復の判断基準として、新しい入居者のためのリフォーム費用、元の仕様よりグレードアップしているもの、入居者が通常の使い方をしていても傷付いたり壊れたりしたと考えられるものは、原則としてオーナーの負担と考えられています。
一方、入居者の管理が悪く発生・拡大したと考えられるもの、明らかに通常の使用による結果とはいえないものは、入居者の負担と考えられています。
では、それぞれ具体的にはどういうケースが当てはまるのかについて、以下で説明していきましょう(以下の各ケースは、負担者について特約が存在しない場合を想定しています)。
壁や天井のクロスなどは普通に生活していれば次第に色あせてくるものです。そのため、たとえば以下のようなケースはオーナーの負担と考えられています。
一方、次のようなケースは入居者の負担と考えられています。これらは入居者の管理状態に問題があり、発生・拡大したと考えられるためです。
フローリングや畳などの床は、基本的には次の入居者を探しやすくするためのリフォームや使用のグレードアップであると考えられ、オーナーの負担と考えられています。
また、これらのケースも入居者が普通に生活していれば発生するものであるため、オーナーの負担とされています。
一方、以下のようなケースは入居者の管理状態に問題があり発生・拡大したと考えられるので、入居者の負担と考えられています。
建具の場合、次のようなケースは入居者を新規で募集するためのリフォーム・グレードアップなどに含まれ、入居者の使い方とは関係ないものと考えられるので、オーナーが負担すべきであると考えられます。
それに対し、以下のケースは入居者の使い方によって毀損したものと判断されるため、入居者の責任で回復すべきであると考えられています。
台所やトイレなどといった水回りの設備は傷みやすいので、一定期間ごとに取り換えが必要になる場所です。中でも、壊れていない浴槽や風呂釜などの交換は新規の入居者に入居してもらうため・設備の性能を上げるために行うものであることから、オーナーの負担で行うべきであると考えられます。
それにくわえ、以下のケースも費用の発生に対して入居者の責任があるわけではないため、オーナーが費用を負担するべきであるとされています。
一方、これらは入居者の使い方に問題があって発生したと考えられるので、入居者の責任で原状回復するべきであると考えられています。
原状回復費用の負担については、入居者に発生原因があるかどうかという要素だけではなく、それにくわえて入居年数や設備の経過年数も考慮する必要があります。そこで、入居年数などを考慮する必要があるケースについて説明します。
入居者の管理の仕方や使い方に問題があって発生した費用負担である場合、入居者が原状回復責任を負うことについては納得できることだといえます。
しかし、建物や設備は時の経過とともに劣化して価値が減少していくことが普通で、一定期間が経過した建物や設備の原状回復費用にはこれらの価値の減価も含まれます。そのため、時の経過による価値の減少や普通の生活をしていて生じる劣化の範囲については、入居者は賃料としてすでに支払ってきているために入居者が負担するのは公平性を欠くことになる、と考えられるのです。
そこで、オーナーと入居者の間の公平性の観点から、対象物の経過年数を考慮し、経過年数によって入居者の負担割合を減らしていくという考えが採られています。
以下のグラフは、耐用年数が6年ある設備の原状回復費用による負担割合の考え方を表したものです。耐用年数が6年の設備であれば、6年後には設備の価値は0(ゼロ)になっていると考えられるので、原状回復費用の負担割合も0、ということです。
【入居時の状態と原状回復義務がある場合の入居者の負担割合(耐用年数6年)】
出典:国土交通省 – 原状回復をめぐるトラブルとガイドライン
建物や設備の原状回復にはさまざまなケースがあるため、一律の計算式に当てはめることは現実として難しい場合もあります。また、耐用年数が関係ない補修費用であるにもかかわらずオーナーへ費用負担を求めるのは合理的とはいえないでしょう。
たとえば、フローリングを部分補修した場合、フローリング全体の耐用年数が増えるわけではありません。逆に、フローリング全体を張り替えた場合はフローリングの耐用年数は明らかに伸びるわけですから、経過年数を考慮する必要があります。そのため、部分補修の場合には入居者の全額負担とし、全体の張り替えの場合には、経過年数を考慮して負担割合を決めることが合理的であるといえるでしょう。
また、建物や設備など長期間にわたって使用するものは耐用年数を考慮することが妥当ですが、使用期間の短い消耗品に属するような部品にも経過年数を加味して考える必要はありません。具体的には、和室の障子紙や畳などのほか、部屋に備え付けられている細かい部品などが該当します。
では、原状回復費用の目安・相場はどのくらいなのでしょうか?ここでは、ハウスクリーニング費用・クロス張り替え費用・床材の張り替え費用の相場を紹介します。
ハウスクリーニング費用の相場は、1R・1Kでは約1万5,000円~3万円、1DK・2Kでは約2万円~4万円ほどです。
クロス張り替え費用の相場は、6畳の広さで約3万5,000円~6万円ほどです。下地まで張り替える必要があるケースでは高くなります。また、床材の張り替え費用も6畳の広さで約6万円からが相場となっています。
ただし、料金は業者・会社・汚れ具合によって大きく異なるだけでなく、価格表示の仕方も異なる場合があるので注意が必要です。たとえば、ある業者はクロス張り替え費を1万円に設定していますが、別の業者はクロス材料費6,000円・張替工賃3,000円と分けて設定している、といった具合です。
また、下地処理費や、古い壁紙や床材に対しての各種処分費などといった諸経費が別途発生する場合もあります。相場として比較的安くみえても、運用工賃を最終的に加算するような業者も中には存在するため、価格表だけで比較せずに実際に見積もりをもらうことが大切だといえます。
これまで述べたように原状回復費用は貸主・借主間でトラブルになりやすいことから、事前にトラブルを回避するための対策をとることが大切です。
原状回復費用の借主負担分を特約に明記することで、通常であればオーナーが負担する原状回復費用を借主負担とすることができます。ただし、その際には以下の点に気を付ける必要があります。
※借主負担とする金額が合理的範囲内にあるかについては、負担額が月額家賃の3倍程度に収まっていることが1つの目安になりますが、具体的なケースにおいて借主負担とする金額が合理的範囲内であるかは事案ごとの判断が必要となります。
原状回復についてのトラブルを回避するため、退去時と入居時に部屋の状況をチェックリストとして作成しておく方法もあります。国土交通省のガイドラインに掲載されているチェックリストを参考にして作成し、入居者と一緒に内装や設備などといった損耗の状況を確認しておきましょう。後で入居者と揉めそうな箇所がある場合、写真を撮って保存しておくことも有効です。
原状回復費用を入居者負担とする場合、修繕費用などが適正な金額であるかどうかは入居者にとって重要なポイントです。そのためには、信頼できる原状回復工事業者を確保しておくこともトラブル回避につながります。
業者を選ぶ際のポイントとしては、
などが挙げられます。
また、速やかに原状回復を行って新たな入居者が入居できる状態にすることは、オーナーの賃貸経営においても重要なことであるといえます。
原状回復費用に関するトラブルに限らず、賃貸経営全般においてのトラブル回避の観点から、家賃保証会社を利用する方法も有効です。家賃保証会社とは、入居者による家賃滞納が生じた際に、入居者に代わって家賃を立て替えてくれるサービスを提供している会社です。
家賃保証を行う会社はいくつか存在しますが、中でも「家主ダイレクト」という家賃保証サービスでは、退去時精算費用を保証してくれるほか、更新料、早期解約違約金の保証など、広く賃貸経営のリスク全般に備えておくことができます。
原状回復費用は、経年劣化によるものか、通常使用によるものか、人によって判断の基準には差があるといえます。そこでガイドラインでは具体的な例を挙げて説明していますが、実際には当事者で合意した契約書の内容が優先されます。
ただし、入居者に対し一方的かつ不利な内容の契約は無効と考えられているため、オーナーが契約書を作成する際にはガイドラインなどの内容を頭に入れたうえで作成することが求められます。また、原状回復についてガイドラインとは異なる特約を設ける場合、入居者との間に誤解が生じないようていねいに説明し、トラブルを防止することも大切です。
【監修者】森田 雅也
東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。
経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所
著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)
オーナーのための家賃保証
「家主ダイレクト」
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かつて銀行や不動産会社に勤務し、資産運用に携わった経験を活かし、現在は主に金融や不動産関連の記事を執筆中。宅地建物取引主任、証券外務員一種、生命保険募集人、変額保険販売資格など保険関係の資格や、日商簿記1級など、多数の資格を保有し、専門的知識に基づいた記事の執筆とアドバイスを行う。