入居者と賃貸借契約を結ぶ場合、「定期借家契約」と「普通借家契約」のいずれかを選びます。最初に選択した契約方法により契約内容がほぼ確定しますから、大家さんは賃貸経営の内容などに沿って適切な契約方法を選択することが重要です。この記事では、定期借家契約を選ぶメリット・デメリットを大家さん向けに分かりやすく解説します。
【著者】矢口 美加子
【監修者】弁護士 森田 雅也
オーナーのための家賃保証
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目次
まずは定期借家契約とはどういう制度か解説します。
定期借家契約とは、契約で定めた期間が満了すると、更新されることなく確定的に賃貸借契約が終了する制度のことです。契約期間が明確であることから、大規模修繕を計画通りに進めたり、建て替えを計画している賃貸住宅の空室を貸したりすることができます。
なお、契約期間が1年を超える場合には、契約が終了する6カ月~1年前に、貸主から借主へ契約期間満了の通知をすることが必要です。通知がなされない場合は、期間が満了していても貸主側から契約の終了を主張することはできないとされています。
通常の普通借家契約は、借主が強く保護されている契約内容です。そのため、貸主は正当な事由がない限り契約更新を拒絶できません。一方、定期借家契約はあらかじめ設定された期間が満了すれば契約解除できます。再契約には貸主・借主双方の合意が必要であり、どちらかが承諾しない場合は契約更新できないのが特徴です。
定期借家契約は普通借家契約と違い、借主が希望する限り住み続けられるわけではありません。したがって、通常の賃貸物件より敷金・礼金・賃料などは安く設定されている傾向があります。
定期借家契約は公正証書などの書面で締結する必要がありますが、必ずしも公正証書である必要はなく、自ら作成した契約書で契約しても有効となります。国土交通省のウェブサイトで定期賃貸住宅標準契約書のひな型をダウンロードできますので、そちらを活用してみることもおすすめです。
参考:国土交通省 – 定期賃貸住宅標準契約書
定期借家契約はこれまで書面による手続きのみに限定されていましたが、借地借家法が改正され(令和4年5月18日施行)、契約の締結や、事前説明事項の提供の電子化が可能となりました。
そのため、これまで通り対面による方法だけでなく、賃借人の承諾があれば電子メールであらかじめ事前説明書面を交付してオンラインで説明できたり、電子契約システムなどを利用してオンライン上で契約を完結できたりするようになっています。電子契約は、遠隔地でも契約できる、契約手続きにかかる労力を減らせる、契約までの時間を大幅に短くできるといったメリットが期待できます。
参考:法務省 – 電磁的記録も書面と同じ扱いに /借地借家法改正(定期借地権、定期建物賃貸借関係)
大家さんが定期借家契約を選ぶメリットについて解説します。
定期借家契約は、正当事由の有無に関係なく、期間が満了すれば借主に明け渡しを求めることができる制度ですので、借主に立ち退き料を支払う必要がありません。
普通借家契約で起こり得るケースとして、借主に立ち退きを求めても同意してくれず、揉めてしまうという場合があります。定期借家契約は、契約を締結する時点で借主に「期間が満了したら退去する」ことを書面と口頭で明確に伝えているため、立ち退き料を支払うことなく借主に明け渡してもらえる点はメリットです。
貸主の都合で貸し出す期間を決められるのもメリットです。たとえば以下のようなケースに該当する場合だと、定期借家で契約するのをおすすめします。
・海外転勤の期間が決まっていて、その期間だけ自宅を貸し出したい
・数年後に解体が決まっている
・近い将来、建て替えを考えている
このように特定の期間だけ貸し出しできる上、可能な限り収益を得ることもできます。また、住宅ローンの返済中に転勤が決まった場合は定期借家契約を選び、自宅に戻る時期に合わせて契約期間を設定してから自宅を貸し出せば、家賃収入を住宅ローンの返済に充てることも可能です。
定期借家契約の場合、家賃減額請求権を特約で排除することができます。土地や建物の賃貸借契約は長期間にわたるケースが多く、年月が経つことにより資産価値が減少することが考えられます。普通借家契約の場合、契約書で「賃料を減額しない」といった特約を記載しても、借地借家法32条1項の反対解釈により無効となり、借主が建物の劣化を理由に賃料の減額を求めることは有効となっています。
その点、定期借家契約を締結していて、家賃減額請求を認めないとする特約がある場合には、借主は賃料の減額を請求できません。このように特約で家賃減額請求を排除できることで、貸主は安定した収益性を保てるのもメリットです。
では、大家さんが定期借家契約を選ぶデメリットには何があるのでしょうか。
定期借家契約では、貸主が借主に対して「この賃貸借契約は更新がなく、期間の満了により終了します」ということを、契約書とは別に書面を交付して対面・電話・ビデオ通話などにより事前説明する必要があります。重要事項説明とは違い、貸主が借主と直接契約する場合であってもこの説明が必要であるため注意が必要です。
なぜ書面による説明義務があるのかというと、更新がない賃貸借契約ということを借主に理解してもらうためです。いくら契約書に定期借家契約であることを記載しても、事前に契約書とは別の文書を渡して説明しなければ「要件を充たさない契約」とみなされ無効となり、通常の建物賃貸借契約(普通借家契約)になってしまう点に注意しなければなりません。そうなると期間が満了しても貸主はスムーズに契約を終了できなくなります。
なお、先述の通り、令和4年5月から施行された借地借家法の改正後は、電子メールを使用して事前説明文書や契約書を送付し、事前説明や契約締結をオンラインで行うことが可能となっています。
定期借家契約にて物件を貸し出している場合、設定した期間が満了したら借主は退去することになります。このように退去期限が決まっている場合は入居者が見つかりにくいため、賃料は通常の相場よりも安く設定されるのが一般的です。長く居住してもらいたい場合は、普通借家契約を選択したほうが多くの家賃収入を得られます。
定期借家契約は原則として大家側からの中途解約はできません。契約期間は大家側が設定したものであり、もしも大家からの解約が認められれば入居者は次に住むところを見つけて引っ越さなければならず、不安定な立場に置かれるからです。
合意解除はできますが、大家側から中途解約を申し出ても借主から拒絶される場合は、立ち退き料を支払うなどにより借主に合意してもらうことが必要となります。なお、契約書に中途解約条項がある場合には、大家からの中途解約は普通借家契約と同様に正当事由が必要です。
ちなみに、定期借家契約の場合は原則として借主側からの中途解約もできません。しかし、転勤・療養・親族の介護といったやむを得ない事情から、建物を生活の本拠として使用できない場合には中途解約が可能です。その場合、申し入れの日から1カ月後に賃貸借契約が終了します。
本章の内容はこれまでの説明と重なる部分もありますが、改めて定期借家契約と普通借家契約の違いについてまとめます。
定期借家契約 | 普通借家契約 | |
契約方法 | ・公正証書等の書面による契約が必要 ・貸主側は「更新がなく、期間の満了により終了する」ことを、契約書等とは別にあらかじめ書面を交付して説明する必要あり ※借地借家法の改正後はオンラインでも可能 |
・書面による契約が一般的だが、口頭による契約も可 ※オンラインでも可能 |
契約更新 | ・期間満了により終了し、更新がない ・双方の合意により再契約は可能 |
・貸主に正当事由がない限り、借主は更新できる |
借主の中途解約 | ・やむを得ない事情により建物を生活の本拠として使用できない場合には、借主から中途解約できる(床面積200㎡未満の居住用の場合) ・申し入れの日から1カ月後に賃貸借契約が終了 |
・期間の定めのない賃貸借では、中途解約が可能 ・中途解約に関する特約があれば、その定めに従う |
賃料改定 | ・特約の定めに従う | ・特約にかかわらず、賃借人は賃料の減額を請求できる |
参考:国土交通省 – 定期借家制度(定期建物賃貸借制度)をご存じですか・・・?
それぞれの違いについて解説します。
定期借家契約は書面による契約が必要である一方、普通借家契約は口頭による契約でも成立します。とはいえ、後々のトラブルに備えるためにも書面での契約が一般的です。なお、借地借家法が改正され施行されている現在、定期借家契約はオンラインで締結できるようになっています。
定期借家契約は契約期間が満了すると更新されないものの、双方が合意すれば再契約できます。一方の普通借家契約では借主の保護が強いため、貸主からの一方的な更新拒絶はできず、更新拒絶をする際は正当事由が必要となります。
定期借家契約は借主からの中途解約も原則としてできません。ただし、借主に転勤・療養・親族の介護等といったやむを得ない事情があり、建物を生活の本拠として使用できない場合には中途解約が可能になり、申し入れの日から1カ月後に賃貸借契約が終了します。なお、床面積が200㎡未満の居住用の場合が対象です。
一方、普通借家契約の場合は、中途解約に関する特約に従えば、理由を問わず中途解約することができます。
普通借家契約では、賃料増減額請求を行うことができます。「増減額請求」といっても、借主から賃料の増額を請求するケースはほとんどみられず、減額を請求するケースが一般的です。借地借家法32条1項ただし書きは、増額請求をしない旨の特約がある場合には、その特約に従うという例外を規定している一方、減額請求について規定していないことから、賃料増減額請求を否定する特約を契約書に記載しても、無効になると考えられています。
一方の定期借家契約の場合は、メリットの箇所でも述べた通り、賃料増減額をしないとする特約を入れることが可能です。借主から賃料の減額を求められても、特約にその旨が記載されていれば対応する必要はありません。
老朽化したアパートを建て替える場合などは、長年住んでいる入居者に部屋を明け渡してもらわなければなりません。その場合、今までは普通借家契約を締結していた場合でも、定期借家契約に切り替えることをおすすめします。
とはいっても、定期借家契約は借主側から見ると制限が多い契約です。そのため、普通借家契約から定期借家契約へ切り替えたい場合は、借主に事情を説明し、合意の上で普通借家契約を終了させ、定期借家契約を新たに結ぶ必要があります。
なお、平成12年3月1日より前に契約した居住用の建物については、合意しても定期借家契約を結ぶことはできないとされていますので注意が必要です。定期借家権に関する法律は平成12年3月1日に施行されましたが、同じ当事者間で同じ建物の場合には定期借家契約を結ぶことが制限されており、現在でもこの制限は撤廃されていないからです。
ただし、居住用以外の建物(事務所や店舗など)については、従来の借家契約を合意の上で解除し、新たに定期借家契約を結ぶことはできます。ただ、退去交渉がうまくいかないと、場合によって貸主は借主に立ち退き料を支払うことになります。それでもうまくいかなければ裁判での解決になることもあるため、借主が納得できるように話し合うことが大切です。
定期借家契約は普通借家契約と違い、借主を保護する面が弱い制度です。貸主が貸し出す期間を限定的に設定することが可能であり、賃料の値下げに応じる必要はないため、貸主にメリットが多い契約だといえます。契約時から定期借家の場合は、借主も理解した上で契約するため問題ありませんが、建て替えなどで普通借家契約から定期借家契約に切り替える際は注意が必要です。借主とトラブルを起こさないように、慎重に交渉するようにしましょう。
【監修者】森田 雅也
東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。
経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所
著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)
宅地建物取引士、整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を保有。家族が所有する賃貸物件の契約や更新業務を担当。不動産ライターとしてハウスメーカー、不動産会社など上場企業の案件を中心に活動中。