大家が賃借人と賃貸借契約を結ぶ際、賃借人には「借家人賠償保険」に加入してもらうのが一般的で、大家自身は賃借人とは別の火災保険に入ります。この記事では借家人賠償保険と大家が加入する火災保険の違い、借家人賠償保険と原状回復について解説します。賃貸物件を所有する大家さんは、ぜひ参考にしてください。
【著者】矢口 美加子
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目次
賃貸物件で保険に加入する際、大家と賃借人はそれぞれ別の保険に入ります。なぜ同じ建物なのにそれぞれで保険に入る必要があるのか、本章では詳しく解説します。
火災保険の対象は、大きく「建物」と「家財」の2つに分かれます。建物は大家の資産にあたるため、大家自身で保険に加入して、賃借人に過失がない火災や、地震などの自然災害から建物を守る必要があります。自然災害など、賃借人の過失によらない損害を受けた場合は、原則として大家に修繕義務が発生します。
なお、隣の建物からの貰い火で大家が所有する賃貸物件が火事になったとしても、「失火責任法」 により、火事を起こした人に対して損害賠償請求をすることはできません。そのため、大家自身の資産である建物は大家自ら火災保険に入って保障する必要があります(失火責任法については次章で解説します)。
賃貸物件に入居するときには、賃借人も火災保険に加入するのが一般的です。大家は賃借人と賃貸契約を結ぶ際に、特約で「借家人賠償責任保険」への加入を賃借人に対して義務づけることができます。
賃借人に加入してもらう借家人賠償責任保険の主な内容は以下の2点です。
・大家への賠償
・家財道具の補償
賃借人の過失で居室に損害を与えた場合の大家への賠償のために、賃借人は借家人賠償責任保険に加入する必要があります。賃借人はこの保険に加入すると、偶発的な事故などにより自宅の家財道具が損害を受けた場合に、補償を受けることができるというメリットがあります。
大家は火災や自然災害に対する備えをするために火災保険に加入するのに対し、賃借人は自分の家財の補償や大家への賠償のために借家人賠償責任保険に加入します。借家人賠償保険については次章で詳しく解説します。
先述の通り、借家人賠償責任保険とは大家に対する損害賠償責任が発生したときに補償される保険です。賃貸している部屋を突発的な事故で壊してしまい、大家に対する損害賠償責任が発生したときに賠償保険金が支払われます。
原状回復で適用されるのは、あくまでも偶発的な事故によるものです。火災・破裂・爆発・水漏れなどが該当し、たとえば火の不始末で賃貸物件の一部が燃えてしまった、水道管が破裂し水漏れをして床を汚した、ガスの爆発で壁面や床を焼失した、などです。経年劣化による故障や破損は対象とはなりませんので注意しましょう。
失火責任法とは、隣家の失火による火災が延焼して自宅が損害を受けたとしても、「原則として失火者に対して損害賠償責任を問えない」とされている法律です。明治32年に定められた古くからの法律であり、現在も適用されています。この法律があるため、隣家の火災で賃貸物件が損害を受けても、火元の家主から賠償してもらえるとは限りません。
ただし例外として、失火者である隣家に「重大な過失」がある場合、大家は相手に対して損害賠償を請求できます。「重大な過失」による火災とは、著しく注意力を欠いたことにより火災が起きた場合のことです。「重大な過失がある」と判断された事例には以下のようなケースが挙げられます。
・てんぷらを揚げている際に台所を離れたため、てんぷら油が過熱されて出火
・寝たばこによる火災
・ストーブの火をつけたまま給油し出火
このような重大な過失がない場合は「失火責任法」が適用されるため、隣家が大家に賠償する可能性は低いと考えられます。このことから、大家は自らで火災保険に加入して、万が一の事態に備えておく必要があります。火元の家主から賠償してもらえないとしても、保険会社から保険金を受け取ることができるため、建物の修繕や建て直しの費用に充てられます。
失火責任法では、重大な過失が認められない限り、火事で隣家を燃やしてしまっても賠償責任は発生しないことは紹介しました。ただし、借主が居室を自らの過失で燃やした場合、原状回復義務があるため大家に対して賠償責任が発生します。
つまり、賃借人は近隣の家に対しては重大な過失がなければ失火責任法が適用されるため損害賠償責任を負いませんが、大家に対しては重大な過失がなくても損害賠償責任を負うことになるのです。
なぜかというと、賃借人は大家に対して賃借物(借りている部屋)を善良な管理者としての注意をもって保管する義務を負っているからです。過失により火災を発生させて建物に損傷を与えた場合は不法行為にあたり、賃借物の保管義務違反という債務不履行にも該当するため、大家は賃借人に対して損害賠償請求をすることができます。
ただし、賃借人に対して損害賠償請求をしても、賃借人に資力がなければ賠償してもらうことはできません。泣き寝入りしないためにも大家は賃借人に損害賠償保険に加入してもらう必要があるのです。
本章ではケーススタディとして賃借人の失火でアパートが全焼した場合の事例を紹介しますので、損害物はだれの火災保険で補償されるのかについて理解を深めてみてください。
内容はこちらです。
このケースでのそれぞれの損害は以下の火災保険で補償されます。
損害を受けたもの | 保険の加入者 | 適用される保険 | 適用される理由 |
---|---|---|---|
101の建物 | 賃借人A(火元) | 火災保険のオプション(借家人賠償) | 大家に対して原状回復義務があるため |
102、201、202の建物 | 大家 | 火災保険の補償 | 失火責任法により賃借人Aに賠償義務がないため |
101の家財 | 賃借人A | 火災保険のオプション(家財補償) | 自分の火災保険で損害を補償するため |
102、201、202の家財 | 102、201、202に住む賃借人 | 賃借人それぞれが加入する火災保険(家財補償) | 失火責任法により賃借人Aに賠償義務がなく、各々の保険で損害を補償するため |
賃借人Aの失火により火災が発生し、建物全体や他の入居者の家財などに損害を与えた、というのが今回のケースです。
賃借人Aは失火責任法により賠償義務がありません。そのため、賃借人Aが補償する範囲は自らの居室である101と自分の家財だけです。101以外の建物部分は大家、102、201、202の賃借人の家財は各々が加入する保険で補償されることになります。
これまで説明してきたように、入居者が加入する借家人賠償責任保険と、大家が加入する火災保険は目的が異なります。借家人賠償保険はあくまでも火元となった入居者の居室や家財しか補償しないため、損害が建物全体に及ぶ場合や他の入居者の家財が損害を受けても補償されません。
賃借人の居室以外からの損害も考えられ、建物全体を補償するためには、賃借人の保険だけでは足りない可能性があります。このことから、大家は大家自身で火災保険へ加入し、備えておくことが必須であるといえます。
大家が賃借人と賃貸借契約をする際、借家人賠償保険に加入してもらわないと、賃借人に過失がある場合でも大家は原状回復をしてもらえない可能性があります。なぜかというと、原状回復費用は高額になる場合があり、資力のない入居者は支払うことが難しいからです。
入居者の居室のみが補償範囲ですが、借家人賠償保険に加入していれば原状回復費用を支払ってもらえます。ただし、火元の部屋以外に損害を受けた場合は補償対象外です。同じ建物であっても補償範囲が違うため、大家は建物全体を補償する火災保険に必ず加入するようにしましょう。
宅地建物取引士、整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を保有。家族が所有する賃貸物件の契約や更新業務を担当。不動産ライターとしてハウスメーカー、不動産会社など上場企業の案件を中心に活動中。