インボイス制度とは、消費税に関する新しいルールです。2021年10月1日から登録受付が開始され、2023年10月1日に導入されます。本記事では、インボイス制度が大家さんに与える影響について詳しく解説します。インボイスの対応策も紹介しますので、賃貸物件を所有する大家さんはぜひ参考にしてください。
【著者】矢口 美加子
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目次
まずはインボイス制度の概要について簡単に紹介します。
そもそもインボイスとは「適格請求書」をさします。この適格請求書とは、売手が買手に対して正確な適用税率や消費税額等を伝える書類です。発行できるのはインボイス発行事業者である課税事業者のみですので、現在、免税事業者という場合には課税事業者に登録する必要が出てきます。登録が終わると、税務署から登録年月日や登録番号などが記載されたものが送付されます。
インボイス発行事業者になると、以下の義務が発生します。
売手がインボイスの写しを保存しなければならないだけでなく、買手も仕入税額控除(詳しくは次章で解説します)の適用を受けるために、交付を受けたインボイスを保存する義務が課されます。
インボイス発行事業者の登録申請は原則として2023年3月31日までですが、あくまでも義務ではなく任意です。現在、免税事業者という場合は、事業内容を考慮しながらインボイス発行事業者として登録するかどうかを検討する必要があります。
なお、インボイスの登録をすると、「国税庁適格請求書発行事業者公表サイト」で登録番号・氏名・名称等の情報が公表されます。
仕入税額控除とは、課税事業者が売り上げた時の消費税額から、仕入れする際にかかった消費税額を差し引いて算出した税額を納税するしくみのことです。原則、法人は課税期間の末日の翌日から2カ月以内、個人事業主は翌年の3月31日までに消費税と地方消費税を合計した税額を所轄の税務署に申告納付します。
たとえば、A社がうさぎの人形の材料として、仕入れ先に9,900円支払うとします(消費税10%分の900円を含みます)。次に、売上先であるB社に、できあがったうさぎの人形を税込14,300円で売ります(消費税10%分の1,300円を含みます)。このケースを仕入税額控除に当てはめたのが以下の計算式です。
つまり、事業者は売上時に受け取った消費税1,300円から、仕入時に支払った消費税900円を差し引いて、残額400円を税務署に申告納付します。このしくみを「仕入税額控除」といいます。
すでに述べたとおり、インボイスを発行できるのは課税事業者のみです。課税事業者と免税事業者の区別は、基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高で判定されます。基準期間の課税売上高が1,000万円を超えている場合は課税事業者となり、消費税を納付します。
また、特定期間(※)の課税売上高、または支払った給与等の金額が1,000万円以上の場合も課税事業者となり、消費税を納めることになります。
(※特定期間とは、原則、法人はその事業年度の前事業年度が開始した日以後6カ月の期間をさし、個人事業者はその年の前年の1月1日~6月30日までの期間をさします。)
基準期間または特定期間において、課税売上高が1,000万円を超えない個人事業主または法人は免税事業者となり、消費税の納付を免除されます。
インボイスとは、売手が買手に対して正確な適用税率や消費税額等を伝える書類です。現行の区分記載請求書に、「登録番号」「適用税率」「税率ごとに区分した消費税額」などの項目が追加されています。
ちなみに、インボイス自体の様式は法令などで特に定められていないので、請求書、領収書、納品書等と、名称を問いません。必要な事項が記載されていれば手書きでもインボイスとして通用します。
インボイス制度を導入する目的は「複数税率に対応するため」「益税問題を解消するため」の2点であると考えられています。それぞれ解説します。
2019年10月から、それまで8%だった消費税が10%に引き上げられました。その際に軽減税率の8%が導入され、標準税率(10%)と軽減税率(8%)の複数税率が混在することになりました。 これにより、正確な納税額を算出する場合は、税率ごとに分けて計算しなければならなくなっています。インボイスでは追加記載項目が設けられているため、納税額を税率ごとに計算できるようになっています。
益税とは、事業者が消費者や顧客から預かった税を、納税することなく事業者の利益とすることです。
たとえば事業者は、課税事業者・免税事業者にかかわらず、消費税を含めた金額を取引先に請求できます。課税事業者は受け取った消費税を納める義務がありますが、免税事業者には納税義務が課せられません。したがって、免税事業者は受け取った消費税をそのまま利益として保有できます。
益税はあくまで合法的であり、違法な行為ではありません。とはいえ、本来であれば「預かっている税金」であるため、インボイス制度を導入する背景にはこういった益税をなくし、消費税を少しでも多く徴収しようとする国税庁の考えがあるとされています。
インボイス制度が実施されると、一部の大家さんも影響を受けることになります。本章では大家さんが受けるリスクなどを詳しく説明します。
不動産賃貸経営を行う大家さんの中でインボイス制度により影響を受けるのは、オフィスビルやテナントといった事業用の賃貸物件を貸している大家さんです。オフィスやテナント等の家賃収入には消費税がかかるため、テナントなどの借主が課税事業者の場合は、以下のようなリスクを受ける可能性があります。
大家さんが免税事業者の場合、インボイスを発行できませんので、テナント側は仕入税額控除を利用することができません。つまり、消費税分を大家さんに支払っているにもかかわらず控除ができないため、実質として消費税分をテナント側が負担することになるのです。そのため、テナントの中には、次の契約更新はせず、課税事業者が経営する別の物件に移ることを検討するケースが出てくる可能性があります。
また、引き続き同じ物件を利用するかわりに、テナントから消費税分の割引として賃料減額を要求されることも考えられ、そのぶん大家さんの収益が減額する可能性もあります。
インボイス制度は消費税に関する新しい制度ですから、消費税が課税されない住居用の物件は対象外です。したがって、アパートやマンションなどの住居用物件を貸している大家さんは基本的にはインボイスによる影響を受けません。また、法人が社員寮などの名目で借り上げている場合も、住居として使用する場合は消費税がかからないため影響はありません。
ただし、マンションなどの一部にテナントなど事業用物件が入っている場合は対象となります。駐車場料金などで課税売上がある場合も同様です。
大家さんがインボイス制度で対策できることについては、以下の4パターン別に確認していく必要があります。自身がどこに該当するのかによって異なりますので、よく読んで理解していきましょう。
インボイス制度が導入されても影響を受けないのは、課税売上がない大家さんです。所有する物件がアパートやマンションなどの住居用ならば家賃収入に消費税がかかりませんから、インボイス制度の対策は不要であると考えらえます。
大家さんが免税事業者で課税売上があるとしても、テナントが免税事業者という場合はインボイス制度で対策することは特にありません。免税事業者ならば仕入税額控除を利用しないため、インボイスの発行を求められないからです。
インボイス対策が必要なのは、課税売上がある免税事業者の大家さんで、テナントが課税事業者という場合です。テナントが仕入税額控除をするためにインボイスの発行を大家さんに求めてくる可能性が高いため、大家さんは対応策を考えておく必要があります。
売上が1,000万円以下の免税事業者でも、あえて課税事業者になることができます。インボイスの登録をすれば、テナントに対して適格請求書(インボイス)を発行できるようになります。
課税事業者になってインボイスを発行すれば、テナントは仕入税額控除を問題なく行えますから、退去する可能性は低くなることが見込まれます。オフィスやテナントといった事業用物件の割合が多い大家さんは、課税事業者になることを検討してみるのも一案です。
なお、簡易課税制度を利用することで、事務負担を軽減することができます。簡易課税制度とは、基準期間(個人事業者は前々年、法人は前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下である中小事業者の事務負担を軽減するために設けられた制度です。
簡易課税では、業種ごとに定められた「みなし仕入率」を売上の税額にかけて計算するため、仕入税額控除の計算を簡単にできるようになります。大家さんの場合は、事業区分が第六種の不動産業に該当するため、みなし仕入率は40%となります。
ちなみに、消費税の申告に際して、仕入れや経費の消費税額の実額計算やインボイスの保存は必要ありません。
何度も述べているとおり、大家さんが免税事業者の場合、インボイスの発行はできません。テナントは仕入税額控除を利用できないため、インボイスを発行できる課税事業者が経営するほかの賃貸物件に移ってしまうかもしません。あるいは、消費税分を賃料から減額することを求められる可能性もあります。大家さんとしては、空室リスクを避けるためにも多少の減額をするなど対応策を考えておくことが必要です。
インボイス制度に対応しなければそのまま免税事業者を継続できますが、事業内容によっては継続が難しくなることも考えられます。取引先が課税事業者である場合は取引に影響が出る可能性があるため、何らかの対応策を考えることをおすすめします。
課税売上がある課税事業者の大家さんの場合は、適格請求書発行事業者の登録を行いましょう。ここに分類される大家さんは、すでに消費税を支払っているため、税制面では特に影響はありません。インボイスの登録受付は2021年10月1日からスタートしています。
2023年10月1日から適格請求書を発行したい場合は、原則として2023年3月31日までに適格請求書発行事業者として登録申請を行います。納税地を所轄する税務署に適格請求書発行事業者の登録申請書を提出しましょう。
申請はe-Taxまたは郵送で行いますが、郵送の場合は各国税局のインボイス登録センターに送付します。国税局ではインボイス登録センターを設置し、インボイス制度に関する申請書などの事務について集約処理を行っています。詳しい手続き方法は以下の国税庁のホームページでご確認ください。
国税庁 – e-Taxによる登録申請手続
インボイス制度では、制度による急激な変化を緩和するために「経過措置期間」を設けています。免税事業者等からの仕入れに関して、インボイス制度開始後の6年間は仕入税額相当額の一定割合を控除できる、といった内容です。
2019年に軽減税率が実施されてからの4年間は、免税事業者等からの仕入れについて全額控除できるように決められていますが、2023年10月からのインボイス制度の導入後も、2026年10月までの3年間は80%を控除することが可能です。2026年10月から2029年10月までの3年間も50%を控除できるため、6年間は仕入税額の一部を控除できます。
大家さんはこの期間内に課税事業者になるかどうかを検討できるので、インボイス制度が始まるからといって慌てて課税事業者になる必要はありません。この期間中は、控除できない分の金額をテナント料から値引きするなどの措置を取り、テナントに負担をかけないという方法もあります。大家さんは経過措置期間を活用しながら今後の対応を考えましょう。
2023年10月から、いよいよインボイス制度が導入されます。とはいえ、いきなりこれまでのルールが変わるのではなく、6年間の経過措置期間があり段階的に実施されるため、導入後も事業内容を考えながら課税事業者に転換することができます。
賃貸物件を所有する大家さんの中には、現時点でアパートやマンションなどといった非課税の住居用物件しか所有していない人も多くいます。けれども、今後はテナントなど事業用物件を所有することになるかもしれません。今後の賃貸経営について検討しながら、課税事業者になるかどうか、またそのタイミングを見極めましょう。
宅地建物取引士、整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を保有。家族が所有する賃貸物件の契約や更新業務を担当。不動産ライターとしてハウスメーカー、不動産会社など上場企業の案件を中心に活動中。