アパート・マンションの建物と設備を点検することは、入居者が安全・快適に暮らすためには欠かせません。この点検には、法律で義務づけられている「法定点検」と、オーナーや管理会社が自主的に行う「任意点検」があります。本記事では賃貸物件のオーナーに向けて、法律で定められている法定点検について詳しく解説します。
【著者】矢口 美加子
【監修者】弁護士 森田 雅也
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目次
最初に、法定点検の内容について簡単に解説します。
法定点検は「建築基準法」「消防法」「水道法」などの法律によって義務付けられており、マンションなどの共同住宅を賃貸経営する上では欠かせないものです。アパートやマンションは多くの人が同じ建物に住むことから、所有者は入居者の安全を確保する必要があります。
そのため、建物の状態や災害時の避難経路、飲料水の品質などの調査を定期的に実施し、入居者が安心して暮らせる環境であるかどうかを確認しなければなりません。法定検査を一定周期で行うことにより、修繕が必要な箇所や改善点などを明確に把握できます。
なお、点検箇所によって関連する法律は異なり、外壁やエレベーターなどといった建物に関する点検は「建築基準法」、消火器や火災報知機などの消防用設備点検については「消防法」、受水専用水道の水質などは「水道法」が適用されます。法定点検は項目別に実施する時期が決められており、必ず期日までに行います。法定点検を怠ると、罰金などのペナルティを課せられるので注意しましょう。
エレベーターや消防設備、給水設備などは、資格を持った専門家でないと点検できません。たとえば、エレベーターは昇降機検査資格者・一級建築士・二級建築士、換気設備や非常用の照明装置などの建築設備は建築設備検査員・一級建築士・二級建築士が点検を行います。
それぞれの箇所によって専門資格者の種類が変わるため、自主管理オーナーの場合は各専門家に自ら依頼することになります。法定点検の種類は主に7種類あるため、漏れのないように決められた期日までに実施することが必要です。
一方、管理を委託している場合は管理会社が法定点検の業務を行うので、オーナーが手配する必要はありません。管理会社が法定点検を請け負う会社にそれぞれ依頼します。ただ、あくまでも法令上は所有者や関係者に義務づけられているため、管理会社が代行する場合であってもオーナーは実施状況を把握しておくようにしてください。
法律で義務付けられてはいないものの、アパート・マンションの点検にはオーナーや管理組合が自主的に行う任意点検が存在します。主な項目は以下の通りです。
上記の点検はあくまで任意のため、実施しなくてもペナルティを受けることはありません。ただし、きちんと点検が行われていて問題なく利用できれば建物に対する満足度は上がりやすくなるため、できるだけ点検を実施するようにしましょう。
たとえば機械式駐車場の設備や自動ドアが故障している場合、命に関わるほどではありませんが日常生活には支障をきたすでしょう。法的には義務付けられていませんが、これらの設備も定期的に点検を行うことをおすすめします。
マンションの資産価値を保全し、入居者に安全で快適な住環境を提供するためには、定期的に建物や設備の点検を行うことが必要です。法律で義務付けられている法定点検について、以下に表でまとめています。点検の詳細については、表の下に続く各解説をごらんください。
法定点検の名称(関係する法令) | 対象となる建物・設備 | 点検等の時期 |
---|---|---|
特殊建築物等定期調査(建築基準法 12条1項)……➀ | 建築物の敷地、構造および建築設備 | 6カ月~3年の間で特定行政庁が定める時期 |
建築設備定期検査(建築基準法 12条3項)……② | 換気設備、排煙設備、非常用の照明装置、給水設備、排水設備 | 6カ月~1年の間で特定行政庁が定める時期 |
エレベーター定期検査(建築基準法 12条3項)……③ | エレベーター | 6カ月~1年の間で特定行政庁が定める時期 |
消防用設備点検(消防法17条3の3)……④ | 消火器具、消防機関へ通報する火災報知設備、誘導灯、誘導標識、消防用水、非常コンセント設備、無線通信補助設備 | 機器点検:6カ月に1回 |
屋内消火栓設備、スプリンクラー設備、泡消火設備、ハロゲン化物消火設備、屋外消火栓設備、自動火災報知設備、ガス漏れ火災警報設備、漏電、火災警報器、非常警報器具・設備、避難器具、排煙設備、連結送水管、非常電源等 | 機器点検:6カ月に1回 総合点検:1年に1回 |
|
配線 | 総合点検:1年に1回 | |
簡易専用水道管理状況検(水道法3条7項、34条2)……⑤ | 水槽の有効容量が10㎥を超える施施設 | 水質検査:1年以内ごとに1回 水槽の掃除:1年以内ごとに1回 |
専用水道定期水質検査(水道法3条6項、20条)……⑥ | 水槽の有効容量が100㎥を超える施設 口径25mm以上の導管の全長が1,500m超 居住人口100人超 1日最大給水量が20㎥超 |
水質検査:月1回 消毒の残留効果等に関する検査は1日1回 |
自家用電気工作物定期点検(電気事業法39条、42条)……⑦ | 高圧(600V超)で受電する設備
※「自家用電気工作物」とは、ビルの受電設備や屋内配線、電気使用設備などの総称 |
月次点検:月1回 年次点検:1年に1回 |
出典:国土交通省 – マンション管理標準指針 コメント 四 建物・設備の維持管理(114)
ここからは、各法定点検の詳細について解説します。
特殊建築物とは、一般の建築物よりも強い制限が課される建築物のことです。共同住宅の他には、学校・病院・劇場・百貨店・旅館などが該当します。検査を行う有資格者は、特定建築物調査員、もしくは一級・二級建築士です。
特殊建築物定期調査は、建物全体の劣化損傷や、防災上の安全対策等を幅広く調査するもので、建築基準法12条1項に準拠します。特定建築物定期調査の主な対象は、以下の5項目です。
敷地と地盤の検査では地盤沈下や傾斜等の状況、敷地内の雨水の排水状況などについて、建築物の外部では外装仕上げ材やサッシの劣化状況について調べます。屋上面では、屋根の不具合や漏水の原因となる劣化・損傷を、建築物の内部では居室の採光、換気、壁・床・天井の劣化・損傷の状況を調べます。避難施設等では、廊下の幅が確保されているか、出入り口が確保されているかを調べます。
建築設備定期検査とは、入居者が建物の設備を安心して利用できるように実施する法的検査で、建築基準法12条第3項に基づいています。建築設備検査員、もしくは一級・二級建築士による毎年1回の検査が必要になります。建築設備定期調査の主な対象は、以下の4項目です。
換気設備検査は給気機・排気機の作動状況を確かめるもので、排煙設備検査は排煙機の作動状況を検査して火災時に煙を屋外に排出できるかどうかを確認するものです。また、非常用の照明装置検査は、災害などで常用電源が失われた場合に備え、避難時に最低限の照度が確保されているかを調べるものとなります。
給水設備と排水設備検査では、給水タンクの設置状況や給水ポンプの運転・取り付け状況を確認し、給水に問題がないかを確かめます。
多くの人が利用するマンションなどには、エレベーターなどの昇降機に対して定期検査が義務付けられています。1年に1回は検査を受ける必要があり、法定点検を受けたエレベーターには定期検査報告済証が貼られます。昇降機等検査員、もしくは一級・二級建築士によって検査が行われます。
エレベーター定期調査の主な内容は、点検・給油・清掃・調整と、消耗品(かご内蛍光管、押しボタンスイッチ、ランプなど)の交換があります。
点検・給油・清掃・調整は実際に機械室に入って行い、消耗品を交換して安全に利用できるようにします。かつてワイヤーロープ部の破断・破損による火事が発生したことがあるため、特にその箇所は注意して検査することが必要です。エレベーターは不備が発生すると人命に関わる被害が発生する可能性が高いので、入念な検査を要します。
延べ面積1,000㎡以上の特定防火対象物は、年に1回、消防用設備の総合点検を受ける必要があり、機器点検としては6カ月に1回の検査が義務付けられています。消防法第17条3の3から、防火対象物の関係者は定期点検した結果を消防長、または消防署長に報告することが必要です。検査は消防設備点検資格者、または消防設備士が行います。
消防用設備点検で検査される主な項目は下記の5つです。
消火設備点検には消化器・スプリンクラー・野外消火栓といった火を消し止める設備が含まれ、警報設備点検には自動火災報知設備・非常ベル・火災警報設備など、音で緊急事態を知らせる装置が含まれます。
避難設備点検は避難する際に使用する設備救助袋・避難はしご・誘導灯など、消防用水点検では防水水槽などを確認します。その他、非常コンセント設備や排水設備など、消火活動に必要な設備に不備がないかも点検します。
簡易専用水道管理状況検査とは、水道局から供給を受ける水のみを水源とし、受水槽の有効容量が10㎥を超える給水設備が設置されている場合に受ける検査をさします。水道法3条7項、34条2に基づいています。
水質検査と水槽の掃除は1年以内ごとに1回実施することが必要です。地方公共団体、または厚生労働大臣の登録を受けた人が有資格者として検査を実施します。簡易専用水道管理状況検査で検査される主な項目は下記の3つです。
供給する水が人の健康を害する恐れがある場合は、直ちに給水を停止し、関係者に水を使用することが危険であることを周知する必要があります。
専用水道定期水質検査は、居住人口が101人以上の大規模なマンションに必要な検査です。水道法第20条により、以下の要件に該当する専用水道の設置者は、水質検査を実施して水が水質基準に適合しているかを確認することが定められています。水質検査は月1回、消毒の残留効果等に関する検査は1日1回が義務付けられています。
【専用水道の条件】
専用水道の検査項目は全部で51項目あり、毎月1回検査する項目は以下の通りです。
自家用電気工作物とは、ビルなどの変電設備、分電盤、屋内外配線等です。これらを安全に使用するため、電気事業法では変電設備などを設置した人に定期点検を義務付けています。マンションで対象となるのは高圧(600V超)で受電する設備です。
自家用電気工作物の保安点検は、電気主任技術者の資格者により行われます。自家用電気工作物の定期点検をする際は、電気主任技術者を雇用する、あるいは外部業者に保安点検を委託することになります。
点検は月1回の「月次点検」と1年に1回行う「年次点検」があります。これらの違いについては下表をごらんください。
月次点検 | 年次点検 |
---|---|
・原則として毎月1回、運転中の電気工作物の点検、測定を行う ・電気が安全に使用できる状態にあるかどうかを確認する ・配線や保安装置の目視による確認と、電圧・電力測定による過負荷の有無などを確認する |
・原則として毎年1回、電気設備を停電させたうえで電気工作物の状況を点検する ・信頼性が高い機器の場合は、点検頻度が3年に1回以上となるケースもある ・絶縁抵抗測定や機器の内部点検を実施する ・部分放電、温度などの測定も行う |
設備の保安を確保して感電・火災事故などを未然に防ぐことが目的です。
法定点検の費用相場は下表の通りです。
法定点検の項目 | 費用相場(参考) |
---|---|
特殊建築物等定期調査 | ・マンションの延べ床面積が1,000㎡まで/35,000円 ・マンションの延べ床面積が1,000㎡~2,000㎡/45,000円 ※6カ月~3年の間に1回 |
建築設備定期検査 | ・マンションの延べ床面積が1,000㎡まで/35,000円 ・マンションの延べ床面積が1,000㎡~2,000㎡/38,000円 ※6カ月~1年の間に1回 |
エレベーター定期検査 | ・フルメンテナンス契約/40,000円(月) ・POG契約/25,000円(月) ※POG契約とは、基本的な点検だけを委託契約すること。点検の結果、補修が必要となった場合は、別途費用が発生 |
消防用設備点検 | 35,000円~55,000円(総合点検:年1回) |
簡易専用水道管理状況検査 | 書類検査/2,000円(年) 現場検査/16,000円(年) |
専用水道定期水質検査 | 水道基準項目(浄水51項目)/192,500円(月) |
自家用電気工作物定期点検 | キュービクルの場合/1~5万円前後(月)
※キュービクルとは、発電所から変電所を通して送られる6,600Vの電気を、100Vや200Vに降圧する受電設備を収めた金属製の箱のこと |
少なくとも年1回の点検があるので、ランニングコストとして費用を用意しておくことが必要です。
法定点検をする際は、下記のようないくつかの注意点があります。
たとえば消防設備の総合点検をする場合は、入居者の居室に作業員が立ち入る必要があります。そのため、入居者の立ち会いのもと点検作業をするのが通常です。緊急の場合は入居者が不在でも行えますが、勝手に入ったと思われないよう、あらかじめ契約書等で緊急時における消防点検の不在時入室について通達をしておきましょう。
エレベーターの点検中は、専門業者がエレベーターに乗って機械の動作を確認するのでエレベーターを使うことができなくなります。大規模なマンションでは不便になるため、なるべく早めの段階で入居者に点検日を周知しておくことが必要です。
電気設備の法定点検ではマンション全体を停電させるので、この検査を実施する場合も入居者全員にあらかじめ知らせることが必要です。
マンションの入居者が安全・快適に暮らすには、建物と設備の定期的な点検は欠かせません。建物や設備に何らかの問題があれば、トラブルが発生する可能性があります。法定点検を怠って万が一、入居者に不測の事態が起きたら大変です。マンションのオーナーは建物や設備の法定点検をきちんと実施して、入居者が安心して暮らせる環境を整えましょう。
【監修者】森田 雅也
東京弁護士会所属。年間3,000件を超える相続・不動産問題を取り扱い多数のトラブル事案を解決。「相続×不動産」という総合的視点で相続、遺言セミナー、執筆活動を行っている。
経歴
2003 年 千葉大学法経学部法学科 卒業
2007 年 上智大学法科大学院 卒業
2008 年 弁護士登録
2008 年 中央総合法律事務所 入所
2010 年 弁護士法人法律事務所オーセンス 入所
著書
2012年 自分でできる「家賃滞納」対策(中央経済社)
2015年 弁護士が教える 相続トラブルが起きない法則 (中央経済社)
2019年 生前対策まるわかりBOOK(青月社)
宅地建物取引士、整理収納アドバイザー1級、福祉住環境コーディネーター2級の資格を保有。家族が所有する賃貸物件の契約や更新業務を担当。不動産ライターとしてハウスメーカー、不動産会社など上場企業の案件を中心に活動中。