2023.12.17
税金

事業承継税制を大家向けに解説!個人・法人の違いとは?

将来の相続税対策として事業承継税制に関心をもつ大家さんに向けて、大家さんが知っておくべき事業継承税の概要と対策について解説します。不動産投資で築いた資産を後継者に引き継ぐため、事業承継に関する選択肢を増やすため、ぜひ事業継承税についての正しい知識を身につけておいてください。

【著者】水沢 ひろみ

 

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大家さんは事業承継税制を活用することはできる?

不動産賃貸業を行う大家さんにとって、現在所有している不動産を少しでも減らさずに将来的に家族などへ引き継ぐことができるのか、大変関心があることなのではないでしょうか?

相続が発生して相続人が財産を譲り受ける際に、相続財産の評価額が基礎控除を超えていれば相続税が発生しますので、相続税の支払いに充てる現金が必要になります。もし現金を用意できなければ不動産を売却して相続税の支払いに充てることになるため、不動産賃貸業の規模を縮小する、もしくは不動産を手放すことになります。

ですから、相続発生後も家族が以前と変わらない規模で不動産賃貸業を継続できるようにするには、事前に対策を考えておく必要があります。そういう意味では、不動産賃貸業を行う大家さんにとって事業承継税制は無関係とはいえないかもしれません。

事業承継税制とは、規模の小さい会社や個人事業主が、事業承継に際して後継者に発生する相続税や贈与税の支払いを猶予して、事業承継を円滑に進められるようにするために設けられた制度です。平成21年に創設されましたが、適用される要件が厳しすぎたため、平成30年に改正されて要件が大幅に緩和されました。

とはいっても、依然として事業承継税制が適用されるためにはさまざまな要件を満たさなくてはならないため、改正後も不動産賃貸業においてこの要件を満たすのはかなり難しいとされています。では、どのような条件を満たせば事業承継税制の活用が可能になるのでしょうか?

事業承継税制は、「個人版事業承継税制」と「法人版事業承継税制」の2つに分かれており、それぞれ適用されるための要件が異なります。そこで次章からは、「個人版事業承継税制」と「法人版事業承継税制」に分けて、順を追って解説していきます。

参考:国税庁 – 事業承継税制特集

個人の大家さん向け|「個人版事業承継税制」とは

まずは、個人事業主の大家さん向けとなる「個人版事業承継税制」について説明します。

「個人版事業承継税制」は、令和元年度税制改正で創設された制度で、正式には「個⼈の事業⽤資産に係る贈与税・相続税の納税猶予制度」といいます。法人化していない中⼩企業者を対象とした制度で、詳しい要件は経営承継円滑化法によって定められています。

参考:国税庁 – 個人版事業承継税制、経済産業省 – -経営承継円滑化法-【個⼈版事業承継税制の前提となる経営承継円滑化法の認定申請マニュアル】令和4年4⽉改訂版

「個人版事業承継税制」の概要

「個人版事業承継税制」とは、青色申告を行っていた事業者を引き継ぐ者が、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」に定める認定を受け、一定の要件を満たせば、事業用の資産に対する贈与税・相続税の支払いが猶予される制度です。

後継者の死亡や事業を継続できないやむを得ない事由が生じた際等には、猶予されている贈与税や相続税の納付は免除されます。

この個人版事業承継税制は、個人事業主の事業承継の円滑化を図る目的で、10年間という期限を設けて創設されました。平成31年(2019年)1月1日から令和10年(2028年)12月31日までの間に、贈与または相続などによって事業を承継した場合に適用されます。ただし、この制度の対象となる事業からは不動産貸付事業等は除かれるため、注意が必要です。

参考:中小企業庁 – 個人版事業承継税制の前提となる認定、国税庁 – 個人の事業用資産についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(個人版事業承継税制)のあらまし

制度を受けることができる要件

個人版事業承継税制の適用を受けるには、以下の条件を満たす必要があります。

  • 青色申告をしていた事業者を引き継ぐ場合
  • 円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けた後継者である
  • 贈与の場合には、贈与の日に18歳以上である
  • 贈与の場合には、贈与の日まで3年以上継続して、承継する事業、もしくは同種の事業などに従事している
  • 相続の場合には、相続開始の直前に、承継する事業、もしくは同種の事業などに従事している(先代の事業者等が死亡した際の年齢が60歳未満の場合を除く)
  • 申告期限内に税務署へ開業届出書を提出し、青色申告の承認手続きをしている(相続の場合には、見込みを含む)
  • 承継する事業が資産管理事業や性風俗関連事業でない
  • 相続によって特定事業用宅地等を譲り受けた者が、小規模宅地等の特例の適用を受けない
  • 贈与の場合には、贈与する側の事業者が期限内に税務署へ廃業届出書を提出している
  • 3年ごとに税務署へ継続届出書を提出する予定である
  •  

    制度の対象となる資産

    事業承継税制の対象となる資産を「特定事業用資産」と呼び、

  • 事業承継税制の対象となる事業の用に供されていた資産
  • 贈与や相続が発生した年の前年分の事業所得に関する青色申告書の貸借対照表に計上した資産
  •  
    の中で、以下のものが該当します。

  • 400㎡以下の宅地等(⼟地または⼟地の上に存在する権利で、棚卸資産でないもの)
  • 床面積800㎡以下の建物(棚卸資産でないもの)
  • 上記以外の減価償却資産で以下に該当するもの
  • 固定資産税の課税対象となるもの(構築物、船舶、機械、器具備品等)
  • 営業用の標準税率が適用される自動車税・軽自動車税の対象となる車両
  • その他、一定の貨物運送または乗用の自動車(取得価額500万円以下のもの)、特許権等の無形固定資産、乳牛や果樹等の生物など
  •  
    ただし、不動産貸付事業や駐⾞場業に関係するものは除かれます。とはいえ、例外として、部屋を貸し付けるだけではなく、食事を提供する下宿などは不動産貸付業に該当しないとされています。また、事業に従事する使⽤⼈の寄宿舎等として使用している建物と敷地等は、特定事業⽤資産に該当するとされています。

    ですから、下宿や使⽤⼈の寄宿舎等であれば、事業承継税制の対象として納税猶予が受けられる可能性がある、ということです。

    なお、宅地等や建物のうち、納税猶予の対象となる⾯積は400㎡または800㎡までということであって、経営承継円滑化法の認定において⾯積制限があるわけではありません。

    個人版事業承継税制を活用する際の注意点

    個人版事業承継税制を利用して納税の猶予を受けている間は、継続して事業を行い、特例事業用資産を保有し続ける必要があります。以下の条件に該当することになった場合には、納税が猶予されている贈与税や相続税を支払う必要が生じますので、注意してください。

  • 事業の廃止(やむを得ない理由によって廃止した場合を除く)
  • 資産管理事業や性風俗関連事業に該当することになった場合
  • 特例事業用資産に関する事業所得収入がゼロになった場合
  • 青色申告の承認取り消し
  • 青色申告の承認申請の却下
  • 期限内に継続届出書の提出をしなかった場合
  •  
    加えて、「小規模宅地の特例」との併用ができないことにも注意が必要です。

    小規模宅地の特例とは?

    小規模宅地等の特例とは、宅地等を相続した際に一定の条件を満たす場合には、相続税の評価額を一定の面積まで、決められた割合において減額してもらえる制度です。

  • 被相続人か被相続人と同一生計だった親族が、事業用か居住用に利用していた宅地等であること
  • 相続した者が、その宅地等を相続税の申告期限まで保有していること
  • 相続した者が、事業の用又は居住の用に供していること
  •  
    等の要件を満たすことが必要です。

    これらの要件をみたした宅地を、特定居住用宅地等または特定事業用宅地等と呼びますが、特定居住用宅地等の場合は330㎡まで、特定事業用宅地等の場合は400㎡まで、評価額を80%減額することが可能になります。

    ただし、貸付事業用宅地等は特定事業用宅地等には含まれません。貸付事業用宅地等とは、被相続人や被相続人と同一生計の親族が第三者に賃貸するために所有していた宅地等のことです。この貸付事業用宅地等が小規模宅地の特例の対象となる場合には、200㎡までの土地の評価額が50%減額できます。

    法人の大家さん向け|「法人版事業承継税制」とは

    続いて、法人化している大家さん向けに「法人版事業承継税制」について説明します。

    参考:国税庁 – 法人版事業承継税制

    「法人版事業承継税制」の概要

    法人版事業承継税制とは、中小企業の後継者が事業承継をするにあたって、相続税や贈与税の支払いを猶予もしくは免除することができる制度のことで、一般措置と特例措置の2つの制度が用意されています。

    平成30年度の税制改正で10年間の特例措置が設けられ、

  • 5年以内に特例承継計画を提出すること
  • 10年以内に現実に承継を行うこと
  •  
    という条件を満たすことで、これまで設けられていたいくつかの要件(一般措置の要件)が以下のように緩和されることになりました。

  • 納税が猶予される非上場株式等は総株式数の3分の2まで、という制限の撤廃
  • 納税が猶予される割合に関して、80%から100%への引き上げ
  • 事業承継税制の対象とされる後継者の数が、1人から最大3人まで可能に
  • 承継後5年間は平均8割の雇用を維持することが必要、という雇用確保要件の緩和
  • 事業の継続が困難な事由が発生した場合において、納税猶予税額の免除規定の創設
  • 事業承継後に廃業する際の相続税や贈与税の算定を、承継時の株価ではなく廃業時の株価を基にすることで、経営環境の変化によるリスク軽減を図る措置の創設
  • 相続時精算課税の適用の緩和
  •  
    特例措置が設けられた後も、一般措置と特例措置のどちらを利用することも可能ですが、制限が緩和された特例措置を利用するほうがメリットは大きいといえます。ただし、特例措置を利用する場合には特例承継計画を提出する必要がある点に注意が必要です。

    参考:中小企業庁 – 中小企業経営者の次世代経営者への引継ぎを支援する税制措置の創設・拡充(事業承継税制)

    制度を受けることができる要件

    この事業承継税制の適用対象となるには、一般措置と特例措置の両者ともに以下の要件を満たす必要があります。

  • 会社が経営承継円滑化法(円滑化法)の認定を受けていること
  • 1名以上の従業員がいる会社であること
  • 非上場会社であること
  • 風俗営業に該当する会社でないこと
  • 資産管理会社に該当する会社でないこと(一定の条件を満たす場合を除く)
  •  
    不動産賃貸業を行っている場合には、ほとんどのケースでこの資産管理会社に該当することになるでしょう。資産管理会社とはどういうものか解説します。

    資産管理会社は、資産保有型会社と資産運用型会社という2つの種類に分けられます。

    資産保有型会社とは、総資産の70%以上が

  • 現金、預金
  • 株式や債券等の有価証券
  • 自ら使用するために保有しているのではない不動産
  •  
    等の一定の資産で占められている会社を指します。

    資産運用型会社とは、上記の資産の運用収入が、総収入の75%以上である会社のことです。

    資産管理会社に該当しても、例外的に制度を受けることができる要件

    上記のような資産管理会社に該当する場合には、原則として事業承継税制の対象から外れることになります。不動産賃貸業を行う事業主が節税を目的として資産管理会社を利用するケースが多いため、事業の継続と雇用の維持を目的とする事業承継税制からは対象外とされているのです。

    しかし、資産管理会社に該当する場合であっても、事業の実態があると認められれば、事業承継税制の対象となることが可能です。租税特別措置法施行令第40条の8第6項で定めるものに該当しなければ、事業の実態があると認められます。この「資産管理会社に該当しても、事業承継税制の対象となる会社」の要件は、以下をご覧ください。

  • 相続や贈与の発生の日まで、3年以上事業を継続している実態があること
  • 家族やアルバイトなどではない正規の従業員を5人以上雇用していること
  • 事業主やその家族等の自宅以外に、事務所として従業員が勤務する場所を所有している、または賃借していること
  •  
    参考:国税庁 – 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし(令和5年6月)法人版事業承継税制の適用を受けられている方に~継続届出書の提出について~

    ハードルが高い従業員要件を満たすための対応策は?

    事業承継税制の対象となるには、正規の従業員を5人以上雇用していること、といった要件に該当する必要があることを先ほどお伝えしました。実はこの要件を満たすのは少々ハードルが高いため、ここではその点について解説します。

    正規の従業員とは?

    ここでいう正規の従業員とは、原則として社会保険に加入している従業員をさします。
    もう少し詳しく説明すると、

  • 事業承継者は含まれない
  • 事業承継者と生計を一にする親族は含まれない
  • 社会保険に加入していれば短時間労働者であるパートタイマーでも可、アルバイトは社会保険に加入できないので不可
  • 75歳以上の従業員は社会保険に加入できないが、2カ月以上の雇用契約があれば従業員とみなすことが可能
  •  
    といった点を守る必要があります。

    そして注意が必要なのは、納税の猶予や免除を受ける間は、この要件を継続して満たし続けなくてはならない点です。上記の要件に該当しなくなった際には、猶予されていた相続税や贈与税を納付しなくてはなりません。

    従業員要件を満たすための対応策は?

    そもそも事業承継税制の目的は、事業の継続と雇用の維持にあります。節税を目的とした資産管理会社とみなされないためには、事業の実態が必要です。とはいっても、不動産賃貸業のみで事業承継税制の要件を満たすのはかなり困難だといえるでしょう。

    中でも「正規の従業員を5人以上雇用し続けなくてはならない」点は、中小規模の不動産賃貸業を営む大家さんにとってはハードルが高い要件です。自社の不動産における賃貸管理業務のみであれば常時5人以上の従業員の手が必要となるのは稀ですし、雇用を維持するにはそれなりの収益をあげなくてはなりません。

    ですから、上記の従業員要件を満たすためには、

  • 事業を拡大する
  • 外部委託をやめて内製化する
  • 不動産賃貸業以外の業務分野へ展開する
  •  
    などの対策が必要であると考えられます。

    内製化とは、外部委託していた業務を自社で行うように切り替えることで、委託コストの削減と効率化を図る方法です。そして、それをきっかけとして業務内容をほかの大家さんの管理業務の請負まで拡大していくのも1つの手段です。さらに進んで、グループホームの経営、リフォーム会社の経営など、不動産賃貸業以外の業務分野へ事業を拡大していくという方法もあるでしょう。

    外部委託をやめて内製化すれば、委託手数料の削減になります。賃貸経営で多数の空室が生じているような場合であれば、グループホームを経営することで空室対策を兼ねることができるかもしれません。リフォーム業界へ進出することで、自社物件の入退去時のリフォームコストを削減することにもつながると考えられます。

    このように、今まで営んできた賃貸経営と関連する分野に業務展開していけば、新たな収入が得られるとともに、現在生じているコストの削減につながる相乗効果が得られる可能性があります。もしくは、しっかりとした経営計画と将来的な見通しが持てるのであれば、今までとは違った業界へ事業を拡大してもよいでしょう。

    相続対策だけを考えるのであれば、賃貸経営を事業承継税制の利用によって引き継ぐことは難しいと考えられます。その一方で、不動産賃貸経営で培ってきた資金力や信用力、経営のノウハウ等を利用してさらに大きな業務展開を考えており、後継者もいるならば、このような対策を検討することも可能でしょう。

    しかしながら、そのようなリスクをとって事業を拡大していくよりも、従来通りの規模で賃貸経営を続けていきたいと考えるのであれば、法人化している形態を活かして別の方法での資産承継方法を検討するほうが望ましい場合もあるかもしれません。

    事業承継は大家さんが元気なうちから少しずつ進めよう

    事業承継そのものの話になりますが、事業承継を考えるなら自身が元気なうちから始めることをおすすめします。

    子どもが複数いる場合には、

  • 誰に引き継ぐのか
  • (子ども側に)引き継ぐ意志はあるのか
  • 物件が複数ある場合、どのように分けるのか
  •  
    など、考えなくてはならないことはたくさんあります。

    そもそも子どもたち全員が不動産賃貸業に消極的であるなら、不動産のまま引き継ぐより、現金で相続したほうがいいケースもあるかもしれません。このように、考えなくてはならないこと・決めなくてはならないことはたくさんあるので、自身が元気で動き回れるうちに少しずつ進めていくことが大切です。

    大家さんは事業継承税制の知識を正しく付けよう

    大家さんが知っておくべき事業継承税制の概要と対策について解説しました。相続税対策として事業承継税制に関心をもつ大家さんの場合、賃貸経営のみで事業承継税制の対象になるのは残念ながらかなり難しいといわざるをえません。

    資産管理会社に該当する場合における除外規定があるため、個人版事業承継税制を利用するのは特に厳しいでしょう。その場合には、小規模宅地の特例や貸家建付地の評価減等の制度を上手に活用するか、法人化による資産承継を検討するほうがよいこともあるでしょう。

    また、すでに法人化している大家さんが今後のさらなる事業拡大を考えているのであれば、賃貸経営の経験を活かして業務分野を広げていくことを考える機会となるかもしれません。

    いずれにしても、後継者への資産の承継は早めに対策をとることが必要です。それによって現在の資産の状況や後継者の希望等も踏まえて、より適した承継対策をとることが可能になるといえます。次世代への資産の承継は、不動産投資を行う大家さんにとって重要な課題です。この記事を参考に、ぜひ慎重に判断してみてください。

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